2016-01-01から1年間の記事一覧
展示されているフレームに見入っている背格好は男女の判別がしにくかった。 身なりは自分が普段着ている服と似ているが、 最近では細身の男性でも好む服装だ。 その人が振り返り、 「あ、どうも」 顔を見て翔子はようやく女性であると判断できた。 頭の丸み…
「いや、だから、どこで私の名前を……」 「ヒントはやった」 言いながらカイトと名乗ったそいつはまた階段に腰を下ろした。 「ともかく、俺の話を聞くしかないんじゃないか? 小我裕生」 語尾を吊り上げた後、パネルがひっくり返ったように笑みがいやらしいモ…
「穂坂さんってわりとしゃべるんだね」 博太の声が耳に入った結愛は、唐突に白昼夢から覚めた。「ごめん」結愛は手でそっと口を隠した。 目を伏せると、さっきの博太の顔が頭をよぎった。 こんな事をしてしまうから、みんなに避けられるんだ。 実際、結愛自…
「最近よくいらっしゃいますねぇ。 ご期待に添えなくて恐縮なのですが、 今日もご紹介できる品はないんですよ」 言葉づかいとは裏腹に易者の態度は太々しく堂々としていた。 僕は帰ろうと椅子から腰を浮かしかけた。 すると、易者はちょんと髭を撫でてから椅…
頭にピキッと走るモノがあった私はさっさと屋上階に上がりきる。 「今日来るとは思わなかったぜ」 「……はあ?」 「いや、だってお前泣きそうだったからさぁ」 目を落ち着かせるのに費やしたあの数分間を思い出して頭が熱くなる。 つい力んでしまい、首筋辺り…
翔子の勤めている眼鏡店〝Specchio di True〟スペッキオ・デ・トゥルー。 丁寧にもイタリア語の大字を掲げた看板には『真実の鏡』と翻訳までふってあるその店は小さかった。 沿線の通りにあり、駅まで五分もいらない。繁華街とは反対側という立地条件を差し…
「星の王子さまって言う本!」 廊下の端から端まで大音声が響き渡った。 前方にいる子達がもれなく振り返る。 思わぬ大声に自分でも驚いている結愛の目の前で、博太が飛び上がった。 「び、びっくりしたぁ」 鳩が豆鉄砲をなんとやらで、博太は目を丸くしてい…
数分後、私はトイレから出てきた。 引き絞られた恐怖がねじ切れて怒りに化ける数分だった。 あいつの胸ぐらを締め上げなければ。どこで私の名前を――。 考えながら持ったままになっていた文庫をポケットに押し込んだ。 もう片方の手にはあの紙切れ。 印字され…
「なんで捻挫したなんて嘘つくんだよ」 「外から帰ってきて「噛まれた」なんて言ったら、 兄貴はシカバネに噛まれたって思うんじゃないの? 余計な心配はかけれないよ」 「この子の話を聞いてたらそうは思わねぇよ」 希一はライトを向けたが。少女の頭部を照…
菜那は去年眼鏡学校から新卒で入社した。 二つ年上の後輩というややこしい間柄ではあるが、 一年先輩であるということで菜那は翔子に敬語を使っている。 最初はこのおかしな上下関係に戸惑ったものだが、 菜那の日和見判断で所々いい加減に取り成す性格を知…
博太は廊下の突当りにある給食運搬用のエレベーターへ歩き出した。 その後ろを結愛はうつむいたまま、とぼとぼついて行った。 六年生になって二ヶ月余り、ずっとこの調子だった。 真理がああなのはいつものことだが。 クラスのみんなにすらこう頻繁に冷やか…
一口乗らないか? って 金髪ののぞき野郎はそう言いながら壁の上で組んだ手に顎を乗せた。 暗がりに白い歯が栄えている。 ルイス・キャロルの考えたいやらしい猫みたいだ。 「な、なんなの、あんた?」 嬉々とした様子でそいつを口をひらく。「それじゃあ説…
「荘輔!」 「クソォッ!」 荘輔は短い怒号を上げると噛みつかれたままの腕で少女のシカバネを振り払う。 突き飛ばされた勢いで、少女は家の壁へと激しく背中を打ちつけた。 身を起こした少女は恨めしそうに顔を持ち上げる。 口から痛々しく血を滴らせていた…
駅構内にあるベーカリーショップ。 一面をガラス張りにしたショウウィンドウ越しに 「焼きたて」のポップカードと共に並んだパン達は 小腹を空かせた人の歩調を崩させていた。 穂坂翔子もお昼をパンに誘われたくちだ。 注文された商品の発注に手間取らされて…
「なんかさ、最近風強くねぇ?」 「夏だからだろ?」 「そうじゃなくてさ。北風みたいな――」 誰とも知れないひそひそ話にチャイムの音が被さる。 担任の山寺先生は持っていた大きなコンパスを黒板下のフックに引っ掛けた。 「はい、給食係りは給食の準備。 …
「ううぅ……消えたいぃぃ……」 恥ずかしいぃぃ……ちょっと熱出るくらいだよこれ。 やばい、変な汗滲んできた。 いくら頭を振り回しても、さっき見たきょとん顔が振り払えない。 むこう一ヶ月は思い出すたびに顔が火を噴きそうだ。 しばらく便座に座って身悶えて…
険吞な面持ちでしきりにあたりを警戒しながら、 荘輔は辛抱強そうに一歩ずつ人工的に敷き詰められた芝生を踏みしめていく。 勝手口らしきシャッター付きのサッシ戸に近づいて、 ガラス越しに内部へ目を凝らしだす。 連中がいるのか? 希一は心配に思いながら…
廊下のさきで引き戸が全開になっている子供部屋を一目見た洋介は、 「これじゃあ、お父さんの場所がないな」 手早く片づけて座れるようにする。 空いたスペースに愛が大きめの画用紙を敷き伸べ、 その真ん中にクレヨンが置かれる。 ――部屋中に散らばっていた…
「そ、そろそろ日が昇るな」 期待と不安に揉まれながら少年は取り留めのない事を口にした。 「そうだね……」 少女はそれを軽くいなし、決然とした顔を近づいてきた。 すうっと大きな瞳が瞼(まぶた)の裏に隠されていく。 戸惑う少年をよそに少女は躊躇(ためら)…
私は上り階段を横目に、廊下へ出たところにあるトイレを目指した。 それにしても、「確かに、あんな目で見られるのはお断りだなぁ……!」 独り言をしながら廊下に出た私は、 つんのめるようにして足を止めた。 目の前に今し方見た背中がある。 スリッパと床が…
次の二件目、続く三件目の中継ポイントを過ぎるにつれ、 希一の壁渡りも次第に見れたモノになってきた。 ――その間に一体のシカバネにも出くわさなかったのが功を奏したらしい。 荘輔は目的地である町中央の一軒家に着くまで、 水や食料は探索行動に必要な最…
たまさかな絵の品評会が終わり、 洋介は何気なく時計を見やった。 午後1時。真っ昼間じゃないか。 夜勤が明けてお義母さんの家に愛を迎えに行って 帰ってきたのが午前10時だったからほぼ3時間。 2サイクルは寝ている。けれど、まだ眠り足りない気分だっ…
「ひょっとして、心配してくれてる?」 「当たり前だろ!」 思わず声を大にしてしまった。 少女の目がぱちくりとしばたたかれる。 失態を誤魔化すため、少年は声作りを装って咳払いした。「言っとくけどな、あれはとても勧められたもんじゃないぞ。 俺の記憶…
次の日が来るのもあっという間だった。 本日も教室内の空気に徹し、瞬く間に放課後。 そして私には行き場がない。 最低限それと見えないよう、鞄を下足のロッカーに押し込んだ後、 仕方なく校内を彷徨(うろつ)き回った。 相も変わらず廊下に生徒の姿はない…
「は? な、何でだよ!」 希一は思わず声を大にした。 理由が浮かばなかった。 荘輔は死体を切り刻むような行為をしたのだろうが、 それでも十歳の女の子を殺すなんて性格からいってあり得ない。 ひょっとして、荘輔の言うところの〝勉強〟をしたことが災い…
ひとしきりじゃれ合い、 目の痛みが引いた洋介は愛を高く抱き上げて 自分の膝の前に正座させた。 見下ろすと子犬のように黒目がちな可愛らしい両目が見上げてきていた。 ツインに結われた長い髪は指を通せば澄んだ川の流れが思い浮かぶだろう。 えくぼする口…
朝焼けの前。 白みだした空は灰色で、模造紙みたく奥行きがない。 遠くで団栗の背比べをしているビル群は、 朝靄(あさもや)にかすんでいて模型みたいだ。 校舎の屋上、コンクリート葺(ぶ)きの床は 所々に経年劣化の白い罅(ひび)が浮いている。 耳を聾(ろう)…
教室は施錠されてるので、行く当てなんかない。 「カコンッ」と、ししおどしのようにうなだれた私は、 一階に下りて教室横のトイレに入った。 まいったな。屋上は開放されてないからなぁ。 今さら、入部を取り下げるのも間が抜けてる気がするし、 そうは言っ…
「なにも一撃で殺せなくても動きを封じるような痛手を負わせればいいんだよ。 連中から攻撃力を取り除くって手もある」 「攻撃力?」 ゲームかよ? 希一はふざけてるのかと思ったが、 荘輔の表情に遊び心は微塵もない。 「噛まれないように顎を砕くとか、 引…
突然――。 穂坂洋介(ようすけ)は顔を冷たい物に触れられた。 当然、目が覚める。 全身を心地好い常温に保たれていたところにやってきた、 やや無粋でどうにも拙(つたな)いアプローチ。 それは左右の頬に丸く柔らかい感触が破線状に連なっている。 ほんのり…