幸せな家族 -04-
突然――。
穂坂洋介(ようすけ)は顔を冷たい物に触れられた。
当然、目が覚める。
全身を心地好い常温に保たれていたところにやってきた、
やや無粋でどうにも拙(つたな)いアプローチ。
それは左右の頬に丸く柔らかい感触が破線状に連なっている。
ほんのりと冷たくて湿っぽく、でもどこかに温もりがあった。
手であることはすぐに分かった。
そして、誰の手であるかも。
そう、洋介の家にこんな小さな手の持ち主は一人しかいない。
洋介が名前を呼び掛けると声が返ってくる。
やっぱり愛だ。
どうやら絵を描いたらしい。
まだまだ眠気に肩を掴まれている状態の洋介が
長い瞬きに気を取られて返事にぐずぐずしていると、
暗闇の先で愛がおっかなびっくり訊いてきた。
「おとうさん、えぇみてくれる? マナもおひるねしたほうがいい?」
なんてことだ。この子はもう遠慮を心得ている。
以前、夜勤明けで寝ていたとき愛がうるさくしていたことがあった。
夢現の境目にいる洋介の目の前に当時の状況がありありと思い出された。
その時は膝が付き合うように正座させた愛に、
「お父さんが眠ってる時は疲れてる時だから。
静かに遊ぶか、お父さんと一緒にお昼寝しなさい」
そう言って叱ったことを愛はちゃんと覚えているのだ。
自分の子供に気を使われる。
洋介はばつの悪い思いに胸を突き上げられたのを動機に目を開いた。
謝る代わりに出来ることをしようと、
勢いよく上体を起こて布団を跳ね上げる。
「よし! じゃあ、絵ぇ見るか――っう!」
いきなり全力燃焼中の太陽に目を射貫かれた洋介は、
起こした身体を再び布団に投げ出して大の字になった。
「なんでカーテンが開いてるんだー!」
わざと大袈裟な声を上げる。
「マナがあけたー!」
愛が小さな大の字を作った。
「お前かー!」
言いながら小動物みたいな身体をくすぐってやる。
じゃれる猫のように身体をくねらせながら愛は楽しそうに
「きゃ、きゃ」と高い声を上げた。
続き
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