NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

MANA-Imaginary world- プロローグ-01-

 この物語はフィクションかどうかわかりません

 今もどこかで行われている悲劇かも知れないのです

 ただ、

 この物語に出てくる人物、団体は現行する社会と一切関係ありません

 フィクションであるということを正しく理解出来る人のみお読み下さい

 

 読後の起こる読者側の精神的や肉体的な、いかなる影響にも制作者側は一切の責任を負いかねます。

 

 僕はこの物語を両親に捧げます

 

 〝 生まれるとは、傷つけられる恐怖の始まり 〟

                     by 付焼刃 俄

  プロローグ

 暗闇にスタンドライトの仄明かりだけが灯っている。

 晃々と照らし出された机を抱えるように少年は背中を丸めていた。

 

 少年の顔に生気はなく、

 陶器に近い乳白色で、

 まるで独居老人か 廃人といった風貌だった。

 

 まだまだ幼いの頬には年相応のニキビがいくつかあるが水気も脂気もない。

 紙やすりで拵(こしら)えた継ぎ接ぎ(つぎはぎ)人形みたいで、

 本来は明日を楽しみにして輝いていなければならない目は、

 木に穿たれた虚(うろ)のように翳(かげ)り、

 黒目は凝固した墨みたく濁っていた。

 

 ペンをつまんでいる指は五本とも先がめくれていて、赤く荒れている。

 少年は空いてる方の手の口元へ持って行っては、

 指先の固くなった角質を執拗(しつよう)にかじり取っているからだ。

 

 机の上に並べられたノート。

 『国語』『数学』『理科』『社会』と大きめに書かれたその下に、

 学年とクラス、そして名前が書かれていた。

 少年は『英語』のノートを書き終えると、

 他の四冊と一緒に並べて溜め息を吐いた。

 息は白い霧となって顔の前を漂い、部屋の空気に混ざって溶けいる。

 

 狭く、寒い部屋だった。

 

 勉強机を置いて、一人分の布団を敷き伸べたらもう床は見えなくなる。

 そして窓はない。

 少年は無闇な圧迫感だけがあるこの部屋に息が詰まりそうだっだ。

 この部屋は子供部屋に使う形をしていない。

 本来は収納として使うスペースだ。

 

 室内照明も橙色の裸電球が一つ。

 それを点けても薄暗くて読書も満足にできない。

 コンセントは一口だけで、机の上を照らすスタンドを点けるので精一杯だ。

 蛸足の電源タップもなく、

 ヒーターをつける余裕なんてなかった。

 だから、少年は白い息を吐きながら防寒着を羽織るしかない。 

 

 ふと、手に持っているマジックペンに目が行った少年は

 もう一度溜め息を吐いた。

 

 『水性』という注意書きがラベルに印字されている。

 

 ノートに目を戻すと、

 書かれた字は潤んで盛り上がっており、

 スタンドの光を歪曲させてはね返していた。

 まだインクは紙の上にのっているだけの状態だ。

 完璧に乾くまで一晩は掛かるだろう。

 

 〝これでいいでしょ? 別に成績が上がる訳じゃなし〟

 

 突然、部屋中に響いた声に少年は思わず首を縮めた。

 それが自分の耳にだけ聞こえたのだと気付いて、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 さっき、母親に手渡された手元の水性ペンに目を落としながら、

 少年は数分前のやり取りを思い出した。

 

「マジックペンある? できれば油性の」

 

 タバコを片手にテレビを観ている背中へそう投げ掛けると、

 母親は険のある顔で振り返えった。

 

「なんに使うのよ?」

 投げつけるような調子で訊き返される。

 

 ニコチンと酸欠で血走った母の眼に射竦(いすく)められて少年は一瞬たじろいだ。

 

「あ……、明日から授業が始まるから、

 ノートに名前とか書いとかないといけないから」
 少年はなんとか口を動かした。

 母親は怠そうに立ち上がり、

 口から粘っこい煙を吐き出す。

 タバコをくわえなおして、

 雑具入れの棚を開いてペンを一本取り出した。

 

 当てつけのように投げ寄越されたペンを少年はなんとか受け止めた。

 

「これでいいでしょ? 別に成績が上がる訳じゃなし」
 言いながら母は棚を閉めた。

 

 その間際、棚の中に油性ペンが何本か並んでいるのを少年は見逃さなかった。

 水性ペンのすぐ隣に油性ペンがあったのにも関わらず、

 母は乾きにくい水性ペンを敢(あ)えて選んだのだ。

 ――そう、わざわざ選び取ったのだ。

 

 少年はよっぽど取り換えようかと思った。

 が、母親の手で閉ざされた棚には、

 頑丈な錠がおろされているようで、近づく気さえ起こらなかった。

 

 実際、学校での成績は良くない。そして、それは改善できていない。

 その申し訳なさと、母親への恐怖が胸の中で渦巻いてきて気持ちが悪くなる。

 

 ふいに、少年の耳に妹の泣き声が聞こえてきた。

 

 その声で何を訴えているのか分からない。

 ただ――。

 

〝どうにかしてくれ〟

 

 という、意味だけをもった響き。

 

 この前、病院から母親と一緒に帰ってきた初めての兄妹だった。

 名前はまだ決まっておらず、

 なんと呼んだらいいのか分からないし、

 どう接することが正解なのかも心得ていない。

 ゆえに、少年はあまり妹には近づかないようにしていた。

 

 妹を泣かせでもしたら、母親に何を言われることか。

 ――考えるだけで怖くて仕方がない。

 

 それに、不安と不満を訴えるために泣き声を発するだけしかない妹に、

 母親同様の恐怖すら感じていた。

 

 ややって、悲痛を訴える泣き声は止んだ。

 母親が妹をあやしているらしかった。

 

 百均で買った玩具の域を出ない時計を見やると、

 午後十時を大きくまわっている。

 

 もう寝よう……。寝てしまいたい……。

 

 トイレに行きたかったが、部屋を出る気になれなかった。

 

 少年は羽織っていた防寒着を薄い布団に重ねて、

 ささやかにも掛け布団の厚みを増させる。

 

 そうして、スタンドライトを消し、布団に潜り込んだ。

 洗うどころか、もう何年も干されていない布団は、

 したたかに皮脂を吸っていて、いっこうに暖まってこない。

 板場の上に直に敷かれたその上で、

 背中に痛いほどの底冷えを感じながら少年は目を瞑った。

 

 続く

 ↓

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