序章 -04-
それからの日々は雲間から陽が射したようだった。
結愛の読書感想はユニークだと褒められ、
優子は結愛専属のインタビュアーになった。
学校新聞でもとりわけ結愛の記事は人気が出た。
が、インタビュイーの名前はいつも匿名希望だった。
――学校で有名になるなんて結愛の望むところではない。
ある日、優子が言った。
「うちに遊びに来ない?」
優子の家は物語に出てきそうなロッジ風の一軒家だった。
暖炉やテラスまであった。リビングは吹き抜けになっていて、
天井の明り取りから降りそそぐ陽光をシーリングファンがかき混ぜている。
テーブルでお喋りしていると、
優子の母親の薫(かおる)が手作りのクッキーを振る舞ってくれた。
優子は初めての友達だった。
本当に夢のようだった。
話も合って二人して同じ話題で盛り上がった。
好きな本。好きな色。好きな花。好きな音楽。
好きな男の子――この話題は、結愛にはピンとこなかった。
なんでもない話が、
とても楽しくて心の空いていた所がどんどん満たされていった。
とても不思議で、感動的な時間だった。
優子は市立図書館にも連れていってくれた。
膨大な数の本が収まった書架が林立していた。
一生かけても読み切れないだろうと結愛は思った。
見上げるほどに背の高い書架は覆い被さってきそうで、
その場に尻餅をついてしまったのは昨日の事のように覚えている。
そうして、あっという間に二年が過ぎた。
結愛は五年生。優子は六年生になった。
優子の部屋で遊んでいる時、
優子は学校合宿のしおりを開いた。
校庭のかまどを使った飯盒炊爨(はんごうすいさん)。
レクリエーションで行われる怪談。
夜の校内の肝試し。花火大会などの話を、楽しそうふってきた。
「プールの遊泳開放もあるんだ」
「ああ――うん」
優子はプールに関しては面白くなさそうだった。
なんでも生まれつき肌が弱いとかで、
一年中長袖を着ていなければないらしい。
実際、優子は陽射しの強い陽には日傘をさして学校に来ていた。
なので、水泳なんて以(もっ)ての外(ほか)らしかった。
結愛達の学校の修学旅行は、
七月の夏休み前に行われ、
広島、長崎に行くでも、観光名所に遠出するのではない、
学校合宿という形式を取っていた。
五年生の林間学校も同じ日で、日程も同じ一泊二日。
日曜の午後四時には解散。
翌週の月曜日はお休み。
その上、一週間も経たないうちに夏休みに突入する。
学校側は、
「普段勉学と規則で縛られている校内を
別の角度から見せる事で生徒達に幅広い視野を持たせる」
とか、
「六年間通った学舎(まなびや)でこそ、真の修学旅行ができる」
とか無理のあることを声高に謳(うた)っていた。
――が、その実は他校に比べて社会見学などの
課外授業にしょっちゅう出掛けている帳尻をここで合わせている
という経費上の理由があるということは、
保護者間ではある種の不文律になっていた。
この制度は結愛にとってもありがたかった。
他校と同じく家から遠く離れた土地で二泊三日も同級生と一緒になったら……。
なんて、考えただけでも気が遠くなってしまう。
実のところ、結愛は今年の林間学校は風邪を使って休んでいるのだ。
当日はベッドに寝転がって本を読み耽(ふけ)り、
「優子お姉ちゃんと一緒だったら、きっと合宿も楽しいのになぁ……」
そんな、叶うはずのない夢想をして過ごしたのだった。
続きです。