夏空と冬空の八不思議
「穂坂さんってわりとしゃべるんだね」 博太の声が耳に入った結愛は、唐突に白昼夢から覚めた。「ごめん」結愛は手でそっと口を隠した。 目を伏せると、さっきの博太の顔が頭をよぎった。 こんな事をしてしまうから、みんなに避けられるんだ。 実際、結愛自…
「星の王子さまって言う本!」 廊下の端から端まで大音声が響き渡った。 前方にいる子達がもれなく振り返る。 思わぬ大声に自分でも驚いている結愛の目の前で、博太が飛び上がった。 「び、びっくりしたぁ」 鳩が豆鉄砲をなんとやらで、博太は目を丸くしてい…
博太は廊下の突当りにある給食運搬用のエレベーターへ歩き出した。 その後ろを結愛はうつむいたまま、とぼとぼついて行った。 六年生になって二ヶ月余り、ずっとこの調子だった。 真理がああなのはいつものことだが。 クラスのみんなにすらこう頻繁に冷やか…
「なんかさ、最近風強くねぇ?」 「夏だからだろ?」 「そうじゃなくてさ。北風みたいな――」 誰とも知れないひそひそ話にチャイムの音が被さる。 担任の山寺先生は持っていた大きなコンパスを黒板下のフックに引っ掛けた。 「はい、給食係りは給食の準備。 …
「そ、そろそろ日が昇るな」 期待と不安に揉まれながら少年は取り留めのない事を口にした。 「そうだね……」 少女はそれを軽くいなし、決然とした顔を近づいてきた。 すうっと大きな瞳が瞼(まぶた)の裏に隠されていく。 戸惑う少年をよそに少女は躊躇(ためら)…
「ひょっとして、心配してくれてる?」 「当たり前だろ!」 思わず声を大にしてしまった。 少女の目がぱちくりとしばたたかれる。 失態を誤魔化すため、少年は声作りを装って咳払いした。「言っとくけどな、あれはとても勧められたもんじゃないぞ。 俺の記憶…
朝焼けの前。 白みだした空は灰色で、模造紙みたく奥行きがない。 遠くで団栗の背比べをしているビル群は、 朝靄(あさもや)にかすんでいて模型みたいだ。 校舎の屋上、コンクリート葺(ぶ)きの床は 所々に経年劣化の白い罅(ひび)が浮いている。 耳を聾(ろう)…
事故に遭ったその日、 優子は通っている進学塾には行かず、 街の繁華街で友達と遊んでいたらしい。 それを帰宅途中の父親が見つけて、 「家に連れて帰る」と連絡があったそうだ。 その直後、国道を横断中に信号無視をしたトラックに轢かれたらしい。 優子の…
起きたのは保健室のベッドの上だった。 保険医の先生から貧血を起こしたらしいと聞かされ、 自覚症状はないかと訊かれた。 結愛は首を横に振った。 「だったら、何かショックな事でもあった? 極度に緊張したとか」 その質問に、結愛は優子とのやり取りを思…
優子の合宿が終わった日曜日の午後、結愛は大野家を訪ねた。 インターホンに出たのは薫だった 「ごめんね。今日は遊べないのよ」 優子は合宿中に体調を崩したのだそうだ。 ひょっとしたら、その時から優子はおかしくなっていたのかも知れない。 休みが明けた…
それからの日々は雲間から陽が射したようだった。 結愛の読書感想はユニークだと褒められ、 優子は結愛専属のインタビュアーになった。 学校新聞でもとりわけ結愛の記事は人気が出た。 が、インタビュイーの名前はいつも匿名希望だった。 ――学校で有名になる…
本から顔を上げると、 心配そうに眉を八の字にした少女が自分を見つめていた。 綺麗な人……。 良く通る澄んだ声。 短く切り揃えられた髪。 男子に負けず劣らずの背丈。 すらりと伸びた手足を包む薄手の長袖と タイトなジーンズは本当に彼女によく似合っていた…
おのずと結愛は図書室に入り浸った。 本はまるで宝箱だった。 表紙は別世界への扉で、 文章は夢への架け橋だ。 蓋を開くたびに、新しい言葉や語り口で物語が溢れ出てくるのだ。 それこそ、手触りすら感じられた。 本は結愛を魅了して離さなかった。 本を覗き…
どうも初めまして、樹ノ徒 創(きのと はじめ)です。 数年前より小説が面白くなって読みあさっているうちに、 いつの間にか自分でストーリーを空想するようになりました。 文章にしたのはこれが初めてで、まだ書き切れていません。 友人の俄と了一に何かの…