六年生七不思議 -07-
「星の王子さまって言う本!」
廊下の端から端まで大音声が響き渡った。
前方にいる子達がもれなく振り返る。
思わぬ大声に自分でも驚いている結愛の目の前で、博太が飛び上がった。
「び、びっくりしたぁ」
鳩が豆鉄砲をなんとやらで、博太は目を丸くしている。
博太の顔を見た拍子に恥ずかしさがこみ上げてきた結愛は口をおさえた。
「ごめん……」
陽射しが当たったみたいに顔が熱くなる。
「声、けっこうデカイいんだね」
軽く笑う博太に促されて、並んで歩きだした。
結愛は後悔した。
大声の事もあるが、それ以上に本の題名を言ってしまった。
小説とか、絵本とか、本のジャンルで答えればよかった。
自分と趣味があう子なんて、クラスにいたためしがない。
テレビやゲーム、スポーツやカラオケの話題が飛び交う教室で、
本の話なんか持ち出しても相手にされない。
ましてや博太はスポーツマンなのだ。
自分の読んでる本なんか知ってるはずがない。
「ふ~ん、星の王子さまか」
題名を繰り返す博太の横顔は、なぜだか安堵しているように見えた。
「おれもそれ読んだよ」
事もなげに博太がそう言ってみせる。
思いも寄らぬ答えに鼓動が跳ね上がった結愛は知らず博太を見つめていた。
「え~っと、王子さまがキツネと出会って友達になるところがスゲー好き」
「私もそこが好き」
結愛は思わず食いついた。
「そこが読みたくて読み返してるくらい」
結愛が身を乗り出したぶん、博太は身を引いた。
明らかに博太は戸惑っているのをよそに、
結愛の口はひとりでに言葉を重ね続けた。
「キツネは金色の髪をした王子さまになついていくにつれて、
いつもなら用のない麦畑も、金色に輝くの小麦が彼の髪を
思い出させてくれるから好きなる。
王子さまがいなくなってもそれは変わらない。
キツネは麦畑を渡っていく風の音まで彼を思い出させて――」
すうっと周りのざわめきと窓越しに聞こえて蝉の声が遠のいていく。
代わりにさわさわという草木のさざめきが結愛の耳をなでた。
目を馳せたガラスの向こう一面に麦畑が広がっている。
夏の陽射しをいっぱいに受けてふくらんだ大粒の実が
秋風に穂をしならせて穂波が渡っている。
今、金色の麦穂をかき分けて、一匹の耳の長いキツネが飛び出してきた――。
続きです
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