MANA-Imaginary world- 幸せな家族 -01-
季節は真冬だが、とても暖かな昼下がりだった。
気を抜いたら眠ってしまいそうな、そんな暖かな午後2時頃。
バルコニーのサッシ戸からは優しい陽射しがリビングに注がれている。
光を吸収した細かな粒子がカーテンを作り、
その中を数えられるほどの埃が舞っていた。
磨き上げられた大理石みたく滑らかなフローリングに陽光が反射して、
廊下の先にある玄関までも明るく照らしている。
リビングの隣にある和室も太陽の恩恵を受けて明るい。
襖を模したスライドドアが左右に大きく開け放たれいる和室は、
大変に散らかされていた。
部屋を散らかした張本人である子供よりも先に、
畳の上に散らばっているあらゆる物のほうが目に付く。
描かれた絵が見えるようにだけ気を配られた画用紙。
別の色が欲しくて、今は投げ出されている色々なクレヨン。
積み木や絵本もその賑やかしに一役買い、
森の落ち葉みたく床を覆い隠している。
それらは春の陽気をふくみだした太陽に照らされて、
さながらスポットライトを浴びていた。
中でも、思い切り天分をまっとうできた画用紙達は、
陽だまりの中で誇らしげに胸を張っている。
星――。家――。木――。動物――。ハート――。
テレビアニメのキャラクターなどなど――。
それらの絵はどれもが愉絶のみの伸びらかな筆遣いで描かれていて、
ひとかけらの迷いも見受けられない。
穂坂愛(ほさか まな)は、
そんな暖かな自分のアトリエに新たな一枚を加えようと
頭をこねくり回してる真っ最中だった。
うつ伏せに頬杖をついて、
真っ白なままの画用紙をとりとめなく眺めている。
メトロノームのようにコチコチと頭を振り、
長いツインテールの先で交互に畳をなでていた。
頭の動きにあわせて、両足はぽてぽてと畳を叩く。
「う~ん……」
愛は口をすぼめて、
元々ふっくらしているほっぺたをぷくりと膨らませた。
赤――、青――、黄――。
幾つかのクレヨンの上を、
小さな手が迷子みたいに頼りなく揺れ動いている。
すると――。
廊下のむこうから鼾(いびき)が聞こえてきた。
途端、愛の手はぴたりと揺れるのを止めた。
ぱちくりとさせた瞳には光が見る間見る間に無邪気な漲(みなぎ)っていく。
今まで手掛けたことのなかった一枚絵が、愛の頭にふわりと浮かんだのだ。
愛はさっそく肌色のクレヨンをつまみ上げると、画用紙の上ではしゃぎ始めた。
まばたきも息をすることも意識の外に追いやって、
一心にクレヨンの色をを画用紙にのせていく。
愛の心は今まで覚えた感覚で満たされていた。
それは目が吸収した光の色彩であり、
嗅ぎ取った匂いであり、
身体の外側と内側の感触であり、
舌の上に広がった味わいであり、
――ともなう感情であった。
それら全てがクレヨンに伝わっていく。
いつしかクレヨンは指の延長。
いや、指そのもになる。
いまや筆先に掏れる画用紙すら愛の指には感じられるのだった。
続く
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