NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

幸せな家族 -05-

 ひとしきりじゃれ合い、

 目の痛みが引いた洋介は愛を高く抱き上げて

 自分の膝の前に正座させた。

 見下ろすと子犬のように黒目がちな可愛らしい両目が見上げてきていた。

 ツインに結われた長い髪は指を通せば澄んだ川の流れが思い浮かぶだろう。

 えくぼする口元には真珠のネックレスみたく綺麗な乳歯が並んでいる。

 

 もう一度抱きしめたくなったが、まずは愛の要求に応えなければ。
「それじゃあ、拝見しましょうかい?」

 

「うん!」

 こくんと頷いた愛は脇に置てあった一枚の絵を両手で拾い上げた。

 

「拝借します」

 洋介は表彰状を押し頂くように受け取る。

「…………」

 絵に目を落としてから数秒後。

「相変わらず細かいところまでよく描けてるなぁ」

 

 洋介の寸評は決して愛情や戯(おどけ)けからのものではない。

 その絵は、子供が描くにしては余りにも細密だった。

 ちゃんと頭身を理解した上で大人と子供をかき分けていて、

 おまけに体型を正確に表現し、その上服の構造まで捉えてあるのだ。

 

 それにしても――。

 

 洋介は絵の中の自分の服装を見て溜息を吐きたくなった。
 上下グレーのスウェット……。
 愛にとって、俺はこういう格好をしているのが通常らしい。

 

 今現在自分がしている格好だったもんで

 洋介はもう一度溜息を飲み込む羽目になる。

 

 もっとまともな服を着るようにしないと、

 カッコ悪い父親の姿ばかりが愛の思い出に残りそうだ。

 この子は女の子だ。

 もしそんなことになったら、

 早々と一緒にお風呂に入ることを拒否されるかもしれない。

 俺が入ったあとの湯船につからないかもしれない。

 洗濯物は別々に洗うようになるかもしれない。

 友達に紹介したくないと思われるかも――。

 

 父親的な思考が気持ちは悪い方向にばかり傾いていく。

 延々鬱々としていっていると、

 

「おとうさん、どう? マナえぇじょうず?」
 愛が顔をのぞき込んできた。

 

「えっ? ああ! やっぱり愛は絵が上手だな」
 これは本心なのだが、

 お世辞にも晴れやかとは言えない考えから立ち戻っての言葉だったので、

 イントネーションはおのずと嘘っぽくなってしまう。

 

 敏感に声音を聞き分けたらしい愛は、

 細筆で描いたような眉で不安と不満の両方を伝えてきた。

 

「本当だって、お父さんとお母さんのことも、

 愛のこともよ~く見てないとこんな上手には描けない」

 

 段々と愛の眉が開いていく。

 洋介はとどめの一言を付け加えた。

 

「あとでいつもの場所に貼ろうな?」

 

 いまや完全に笑顔を取り戻した愛は、
「うん」
 と大きく頷いた。

 

続き

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