NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―22―

「荘輔!」


「クソォッ!」

 

 荘輔は短い怒号を上げると噛みつかれたままの腕で少女のシカバネを振り払う。

 

 突き飛ばされた勢いで、少女は家の壁へと激しく背中を打ちつけた。
 身を起こした少女は恨めしそうに顔を持ち上げる。

 口から痛々しく血を滴らせていた。

 見れば前歯が歯が数えるほどしか残っていない。

 

 荘輔が噛みつかれた方の袖を払うと、

 ポロポロと小さな塊がこぼれ落ちていた。

 

 少女はよほど深く噛みついたようだった。

 彼女の歯は荘輔の服の繊維にむしり取られていたのだ。

 

 荘輔は苛立ったように払った袖を今度はまくりだした。

 

「荘輔、大丈夫か――っ!」

 捲り出された弟の腕に噛み傷がついていたのを目にして希一は息を飲んだ。

 

 しかし――。

 

「僕が憎いか?」

 

 荘輔は謝るように少女へと投げ掛けた。

 

「君のお父さんを殺したのは僕じゃない。

 先生になってもらったんだ。それも素晴らしい先生に」

 

 少女のシカバネは荘輔を見上げる眼光を鋭くして歩きだす。

 

「学んだ後はちゃんと埋葬するつもりでいたし、

 粗末でもお墓だって作ろう思ってた」

 

 荘輔の言い分を否定するみたく、

 少女は黒く変色した血が滴っている口から低い唸り声を漏れ出させた。

 

「お父さんのことが好きだったのか?」

 

 言いながら荘輔は鉈を構える。

 

「君にとって、親は大切な人だったのか?」

 

 荘輔に迫りながら少女の唸り声が怒りを増させたように強まった。

 

「兄貴には目もくれないな。そんなに僕が憎いか。

 それとも大脳がなくなって一つ以上の事は考えられないか」

 

 残り数歩で少女は荘輔に襲いかかるだろう距離になったとき、

 

「ごめんな」

 

 荘輔は鉈を横薙ぎに振り抜いた。

 

 まるで濡れた布団に棒を叩きつけた音。

 〝ドッ〟と濁った音をたたせて、少女の鼻から上の半分が割れ飛んだ。

 

 目も閉じないままでいる頭の半分が地面に落ちると、

 余韻で歩いていた少女の身体も事切れて崩れ落ちた。

 

「その子が……、お前の言ってた女の子か?」

 

 希一は荘輔が少女に語りかけていた言葉の意味を図りかねていた。

 なによも壮絶な光景に息をするのも憚られる思いでいたのだ。

 ただ、荘輔の腕の噛み傷を見て湧き上がってきた疑問が

 口をついて出てきただけだった。

 

「うん、先生と僕の授業をずっと見てたらしいんだ。

 兄貴に外出してるのを見付かったあの日にこの家から出てきた。

 きっと親が死んでからも酷い目にあわされてるんで

 我慢できなくなったんだろうね」

 

 希一は荘輔の右腕を見た。

 

「その時に噛まれたんだろ?」

 

「うん」

 

 二重の長袖から捲り出された荘輔の右腕には確かに噛み傷があった。

 

 でも、その傷は随分前の物で、すでに治りかけていたのだった。

 

 続き

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