NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

幸せな家族 -08-

 駅構内にあるベーカリーショップ。

 一面をガラス張りにしたショウウィンドウ越しに

 「焼きたて」のポップカードと共に並んだパン達は

 小腹を空かせた人の歩調を崩させていた。

 

 穂坂翔子もお昼をパンに誘われたくちだ。

 注文された商品の発注に手間取らされて、

 仕事の折り返しが1時間もズレてしまった。

 それでも、

 いつも満席で座れないテーブル席に着けたのは少しなぐさめになった。

 会計を済ませたサンドイッチセットをのせたトレーを窓際の席に置いて、

 翔子は紅茶を淹れようとカウンターのポットに足を向けた。

 ティーバッグのダージリンでも香りは食に適ったものだ。

 買い置きが面倒なライフスタイルをしていると、

 これで百円というのも気にするところではない。

 

 席に腰を落ち着けて、

 紙コップから立ちのぼる鎮静作用のある香りに鼻をくすぐられていると、

 隣に快活な声がやって来た。

 

「ご一緒してもよろしいですか?」
 同僚の沢村菜那(さわむら なな)だ。

 

 ダークブラウンに染めたウェーブロングを揺らして

 翔子の隣にトレーが置かれる。

 ――カツサンドにカレーパン、

 ヤキソバパンにコーヒー牛乳という

 学食の美味しいところだけ取ったような献立だ。

 

 服装は翔子と同じ黒のレディーススーツに色を揃えたパンプス。

 仕事上で伊達の丸眼鏡をかけているが、

 けして眼鏡に飾られることのない顔立ちだった。

 

 薄目に化粧をして栄えさせた目鼻が自分の目線の高さで止まり、

 翔子は嫌な予感がした。

 

「あれ? 沢村さんとお昼が一緒になるって事は――」

 

「はい、トモちゃんがいらっしゃってます」

 

「あちゃぁ――」

 かっくりを頭を下げた翔子はそのまま突っ伏したくなった。

 

 高橋友恵(たかはし ともえ)。

 翔子の勤める眼鏡店の常連である。

 しかし、眼鏡を買うわけではなく、

 来店目的はもっぱら店長の別所良夫(べっしょ よしお)とのおしゃべりだ。

 同年代で押し出しが良く、

 世代ギャップなどの柵を感じなくていい別所の人柄に

 友恵はすっかり熱を上げてしまっている。

 数ヶ月前から通い詰めだ。

 

 それは別所も同じようで、

 近頃は友恵がくると翔子らを店から閉め出してしまうのだ。

 

 もちろん仕事はあるわけで、

 二人が睦言を交わしている分だけ遅くなっていくのだ。

 接客は話の合間にも出来るだろうが、

 注文に応じた発注やレンズ加工に手が回るはずもなく。

 たまりにたまった仕事が後々の負担になっていくのだった。

「残った仕事はやっておくから気にせず定時に帰ればいい」

 別所はそう言うが、

 その作業量の辛さを知っているだけに安易に頷けるわけない。

 ――本当に放っておいたら、別所は夜中まで店に缶詰めになってしまうのだ。

 

 仕事だと割り切ってしまえばそれもありなのだろうが。

 チェーン店のパートタイマーじゃあるまいし、

 月俸者の身の上で定時退社を主張するなんて

 図々しいまねが出来るほど世間擦れはしていない。

 

 なので、翔子も菜那も自ら残業を申し出ているのだった。
 だが、やっぱり納得できなくて不満が出てきてしまうのは否めない。

 でも、そんな時に思い出す言葉があった。

 

 〝嫌な時こそ善は急げ〟

 

 翔子の母親の言葉だ。

 人は誰かを笑顔にすることで本当に幸せになれるという意味らしい。

 

 確かにその通りだ。
 そう思った翔子は携帯電話を取り出して短いメールをうった。

 一番笑顔にしたい人物はすぐに浮かんだのだ。

 

「おっ! 旦那さんへ恋文メールですか?」

 

「そんなんじゃないわよ」

 

 肩でぐりぐりと鬱陶しい攻撃をしてくる菜那を去なして

 メールを送信した翔子は昼食に取りかかった。

 

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