NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―02―

 拳一個分すかした窓を通って

 シカバネ共の息遣いと生臭い夜風が一緒に吹き込んでくる。

 

a0960_006648.jpg

 

 缶詰の鯖を半分食べたところで

 希一の胃は残りを受け付けなくなった。

 食べ残しにラップをして冷蔵庫にしまう。

 

 窓に歩み寄った希一はカーテンの隙間から外をうかがった。

 

 街路灯に照らされた道路は、

 シカバネの姿が見えない代わりに

 鳥の糞や飛ばされてきたビニール袋、

 それに庭木から落ちた紅葉などで汚く彩られている。

 

 日本は道が綺麗だと

 外国人観光客が口を揃えていたようだが、

 それも誰かの手によって掃除されていたからだということを痛感する。

 

 道の端々には街路灯の明かりがとどかない所に目を凝らす

 

 ひっそりと冷たい色をした夜陰が危険を孕んではいないかと疑いつつ、

 希一はこれまでのことを思い返した。

 

 居間の床に吐いた物を掃除したのが二ヶ月前――。

 その間に外の世界では阿鼻叫喚の地獄絵図が広げられた。

 

 警察に電話をしようにも

 電話回線や携帯の基地局自体が使えなくなってしまっている地域があるらしく、

 この辺り一帯はその中だった。

 ネットも同様で

 プロバイダー側に何らかの問題が発生したのか

 ここ数日で使えなくなっている。

 

 テレビに至ってはある日を境に

 

 「本日の放送は終了はしました」

 

 を伝えたまま微動だにしなくなり、

 数週間ずっとそれが続いたかと思うと

 いきなり砂嵐に切り替わった。

 テレビの受信設定で調べると、

 電波が送信されてないのだそうだ。

 

 救急車やパトカーのサイレンも聞こえない。

 電車にいたっては

 まるでそんなもの初めからなかったみたいに声をひそめ、

 あれだけ五月蝿かったバイクの爆音も響いてこない

 

 ――さすがの不良連中もシカバネ共相手につっぱる度胸はないようだ。

 

 稀にヘリコプターは近づいてくるときがあった。

 空にむかって「助けてくれー」と声を張り上げる人もいたが、

 ヘリが降りてくることはなかった。

 

 それから毎日、

 どこかで車のエンジンが始動するのが聞こえた。

 

 安全な場所を求めて旅立とうとする人々の声も聞こえた。

 

 他にも、食べ物を求めた人々の物だろう話し声が

 スーパーの辺りから頻繁に響いてきた。

 彼ら彼女らはすぐに叫び声を上げて消える。

 

 それに比例して唸り声とあてどない足音が多くなっていった。

 

 時には車がスリップしてどこかに衝突するのも聞こえてきた。

 

 昼も夜も隔たりなく。間を置かずに叫び声が飛交っていた。

 

 ベランダから覗いた本通りは

 つまらないほど平和だった様相を一変させ、

 今はさながら赤黒い斑点がある大蛇のように横たわっている。

 

 そんな状況になっても

 電気・ガス・水道と三つの主要ライフラインは依然として保たれていた

 ――どうでも良くて当たり前だが、

 二十日を過ぎても引き落とし料金の明細書はドアポストに投函されていない。

 ネットバンキングを閲覧できないので預金口座がどうなっているかも分からなかった。

 

 続く → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/02/07/101427