NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―01―

 すべてを先生と思おう。

 

 そうすることで僕は精神的安定を保っていた。

 

 そうでもしなければ

 毎日道の真ん中に新しい血溜まりが出来る

 夜の町なんか歩けない。

 

 歩くと言っても道を闊歩する訳じゃない。

 

 住宅の隙間にある塀に上って、

 区画を縫うように進んでいくのだ。

 

 この道はシカバネの群をかいくぐって

 生きながらえている猫に教えてもらった。

 

 僕は猫のように身体が小さくはないけれど、

 この移動方法は十分に活用できた。

 

 冬の白息を頬に感じながら

 僕は先生が待っている裏庭を目指して足を速めた。

 

 最初の内は綱渡りみたいに危なっかしい足取りでしか

 塀を渡れなかったけど、二週間も続けていたら慣れてしまった。

 

 今では着込んでいる服が汗で気持ち悪くなるくらいに

 町中を走り回れる。

 

 早くもこの生活に順応し始めている自分が

 誇らしくもあり嫌でもあった。

 

 見慣れた家の壁が見えてきて僕は息をひそめた。

 少し行ったところで壁が途切れている。

 

 そこに入っていけば、四方を住宅に囲まれた広い裏庭がある。

 先生はどうやら高給取りらしかった。

 

 玄関の装飾はそうでもないのに

 この裏庭ときたらちょっとしたガーデンゴルフが楽しめそうなくらい広いのだ。

 外面はすましているが裏では贅沢しているという訳だ。

 

 裏庭に出る前に、僕は壁に背中を預けて小さく手を叩いた

 

 ――反応がない。

 

 もう一度、今度は少し大きめに叩いてみる

 

 ――反応があった。

 

「やっぱり、このぐらいの音になると聞こえちゃうんだ」

 

 僕は一人納得して、

 リュックから引き抜いたノートにこのことを書き記した。

 

 書き終わり、読み返して、数回頷いてから裏庭に降りた。

 

 懐中電灯を点けると、

 奥の庭木にいつものとおり先生が待ってくれていた。

 

 庭木を抱える格好で縛り付けてあるから

 首を巡らせて僕を睨んでくる。

 

 先生は昨日切り落とした片腕を自分で踏みつけていた。

 

 この間くり抜いた右の目玉はどこかに行ってしまったが、

 左目は相変わらず黒目を大きくした状態でこっちを見ている。

 

 顎を外して開きっぱなしにした口をブラブラと揺らして唸り、

 折ったり抜いたり削ったりして

 穿(ほじく)った歯のことを怒っているみたいだった。

 

 そんな先生の姿を改めて見た僕は

 胃に激痛を感じて嘔吐いた。

 

 まったくもって失礼な話だ。

 

 いったい何回この庭で吐いただろうか。

 

 庭のそこここに吐瀉物の乾いた茶色っぽい跡がいくつもあった。

 

 僕は何をやっているんだろう?

 

 そんな自問自答が無限数に頭の中で木霊したこともある。

 

 行き着いた答えは一つだった。

 

 僕は――。

 

 僕は縄で先生の頭をしっかりと固定しなおした。

 

 僕が――。

 

 先生の首がそれほど動かなくなったのを確認すると、

 頭の上で唸り声を聞きながらリュックをさぐった。

 

 僕の――。

 

 小さな折りたたみナイフ、糸のこ、水の入ったペットボトル、

 への字に曲がった大振りの鉈。

 そんな感じで今日の教材を次々に取り出した。

 

 僕と――。

 

 準備が済んで立ち上がった僕は

 ベルトのホルスターからナイフを引き抜いた。

 

DSC00139.JPG

 

 「先生――」

 

 僕はちゃんと先生の目を見て向き直った。

 

 「今日は頭を開かせてもらいます」

 

 僕は――。

 

 すうっと視線を上げて仰いだ空は雲一つなく澄みきっている。

 乾燥した空気のおかげで星の一粒一粒が輝きを誇って瞬いていた。

 

 僕は兄貴を守る。どんな事をしてでも。

 

 続く → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/02/02/111732