NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

六年生七不思議 -05-

 博太は廊下の突当りにある給食運搬用のエレベーターへ歩き出した。

 その後ろを結愛はうつむいたまま、とぼとぼついて行った。

 

 六年生になって二ヶ月余り、ずっとこの調子だった。

 真理がああなのはいつものことだが。

 クラスのみんなにすらこう頻繁に冷やかされるのはやっぱり辛い。

 

 きっと一樹君が格好良いからだ。

 

 結愛はそう思った。

 格好良いだけじゃない。博太はサッカーだって得意だ。

 六年に上がる際のクラス替えで結愛と同じクラス緒になった博太は

 あっという間にみんなの人気者になった。

 授業で当てられた問題に答えられなかった事はないし、

 誰とでも分け隔たなく喋る事ができる。

 

 それに比べて自分は相も変わらず本ばかり読んでいた。

 運動音痴(ウンチ)と馬鹿にされだしたのは、

 初めての体育の授業からだ。

 声だっていまだに授業中の静かさにもかき消されてしまう。

 

 クラスの人気者と日陰者。この現実が釣り合うわけなかった。

 

 こんな自分には、一樹君の友達なんて似合わない。

 だからみんな冷やかしてくるんだ。

 

 そんなことは結愛が一番よくわかっていた。

 

 どうして一樹君は、私に話しかけてくれるんだろう?

 そんなことしても、何の特にもならないのに……。 

 

 正直に嬉しいと思う反面、かえって申し訳なさが強調されてしまう日々だ。

 結愛は目を落として、博太のかかとが廊下を交互に前後するのを眺めていた。

 

 なんの前触れもなく、くるりと博太の爪先がこっちを向く。

 

 顔を上げると、博太が思い至った目でこっちを見ていた。

 

「ごめん、ひょっとしておれ、穂坂さんに悪い事してる?」

 

「……え?」

 その声は結愛の口の中だけに響いた。

 

「なんか、いつも難しい顔して黙っちゃうから――迷惑かな?」

 

 そんな事ないよ。

 

 そう言いたかった。でも、言葉にする勇気が湧いてこない。

 学校では、授業などの喋らざるを得ない場合を除いて、

 結愛は会話のすべてを首を振って答えている。

 今回もその習慣から首を横に振った。

 

「ほんとにそう?」

 

 今度は縦に振って答える。

 

「よかった」

 博太がほっとした声を上げた。

 

 博太は肩をすとんと下ろして歩きだした。

 他の教室から出てきた給食係が横を駆け抜けて行く。

 次第に増える生徒達の声と足音が、廊下独特の音響効果で、

 それなりの雑踏になりだした。

 

「ところでさ、いつも休み時間は本読んでるよね。

 昼休みも図書室に行ってるみたいだし、なに読んでるの?」

 

 博太の質問に結愛は焦った。

 これは不意打ちだ。声を出さなければならない。

 しかも廊下の雑踏はさらに大きくなっている。

 

 大きな声を出さなきゃ。

 

「―――ぉぅ………」

 意を決したつもりだったが、自分の耳にも聞こえなかった。

 

「え? なんていったの?」

 博太が訊き返してきた。

 

「星の王――」

 ふざけあっている男の子達が通り過ぎ、結愛の声はかき消された。

 

「ごめん、もう一回言って」

 困った顔をした博太が、手を添えた耳を近づけてくる。

 

 ダメだ、もっと大きな声で言わなきゃ! 

 

 いつの間にか足を止めていたのにも気づかず、

 結愛はすっと息を胸にためた。

 

 

 続きです

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