NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅱ   始まり ―07―

 連中二人の息づかいまで耳が拾い始めた瞬間――。

 

 ドカッ! 

 

 砂袋を殴りつけたような衝撃音と共に、

 少年の一人が棒が倒れるように床に突っ伏した。

 

 よく見えるようになった背中はジャージが張り付いていて、

 肩甲骨辺りが不自然に窪んでいる。

 

「何やってんのさ!」

 

 もう一発衝撃音がして、二人目が一人目に折り重なった。

 

 だがすぐに起き上がろうと身を捩(よじ)りだす。

 

「早く!」

 

 バットを振りかぶった余韻から荘輔は走り出した。

 

 鼓膜が今の衝撃音を反芻し続けている。

 自分が殴られたような気分になった希一は、

 弾かれたように荘輔を追いかけた。

 

「わ、悪い――すまん、ほんとにすまん」

 

 希一が謝り続けていると、

 

 本通りに出る手前で荘輔は駆け足を緩めた。

 

「そう思ってるならまず黙って――」

 荘輔は一言ずつ区切るようにして言う。

「それから、もう少し落ち着いて」

 

 希一は心苦しさを味わいながら慎重に顎を引いた。

 

「……すまん」

 

 荘輔は頷くと本通りを見据えた。

 

「この先は静かにしてさえいれば大丈夫だと思う。

 兄貴がさっき大声上げてたし、

 おっさんも襲うために連中もあっちに行っただろうし」

 

 希一がさらにばつの悪い思いでいると、

 

 荘輔は後ろを見やった。

 立ち上がった少年らがこっちに歩いて来ている。

 

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「早く行こう」

 

 そう言うと荘輔は首を伸ばして本通りの左右を確認した。

 

 少々幅が広くなっている本通りへ一歩踏み入り、

 付いてくるよううながされる。

 

「……あれだけ殴ったのに――なんで歩けるんだ?」

 

 荘輔は難しそうに呟くのを希一は聞き逃さなかった。

 

 確かに……。

 

 背中をあれだけ凹ませたのだ。

 荘輔は思いっ切りバットを振り下ろしたはずである。

 普通なら気を失うか、

 指一本まともに動かせないくらいの激痛が全身を駆け巡っているだろうに……。

 

 気になって希一も後ろへ目を向けるが、

 少年らは何事もなかったかのようにこっちへ歩みを進めてくる。

 

 背筋に寒気を感じながら希一は本通りに出た。

 本通りは先ほど振り返った裏通りと同じくがらんとしていた。

 

 遠くの曲がり角にも連中の姿はない。

 

 しかし――。

 

 通りの様相は朝出勤した時と一変していた。

 

 自転車が無造作にうち捨てられていて、

 横倒しになったゴミ箱と植木鉢からこぼれた空き缶や砂が散らかっている。

 

 其処此処(そこここ)に人が倒れていて、

 彼らをひきたてるように壁には飛沫した血の痕、

 アスファルトのくぼみには黒ずんだ血が溜まっている。

 

 気を失っている様子でもない。

 倒れている者は一様に生命反応がなかった。

 

 切り傷や擦り傷といった上品な傷を負っている死体は皆無だ。

 みんな身体のどこかの表皮を破かれて、

 筋肉や内臓などの中身を引きずり出されている。

 

 腹部の大穴から腰骨をのぞかせているものもあった。

 

 通り全体にむっとした鉄臭いが空気が澱(よど)んでいる。

 

 希一は深く息を飲み込んだ。

 ――どうしてか不思議と吐き気がしてこない。

 

「お前が来るときもこうだったのか?」

 

 荘輔は黙って頷くと歩を進めだした。

 

 身をかがめ、なるべく物陰に隠れる。

 通りに切り込んでいる生活道が作る四つ辻に警戒しつつも

 死体を跨(また)がないように歩く。

 

 荘輔にともなって希一も進んでいく。

 

 また、どこかで叫び声が上がった。

 

 数十メートル向こうに見慣れたマンションが見えた。

 

 共益費を払っても塗装変えすらされないくたびれた見てくれ、

 堅牢な城塞のように頼もしく思えた。

 

 続く…… → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/01/11/115847