NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅱ   始まり ―06―

「あいつらは走らない。いくら早くても小走り程度だ。

 

 普通に走れば追いつかれない」

 

 返事をする間もなく走り出す荘輔(そうすけ)を

 希一(きいち)は追いかけた。

 

 自分のすぐ後ろでにわかに唸り声が大きくなる。

 その苦悶にも似た喉笛の響きは、

 

「待て! 逃がすか!」

 

 とでも言っているように聞こえた。

 

 真後ろに死がある。

 

 希一はそういながら訊(き)いた。

 

「なんでそんなことお前が知ってるんだ?」

 

「行きしに連中を二人見かけた。

 逃げながら少し観察したんだよ。

 やつらは杖持った老人みたいに足取りは鈍かった」

 

 それはつまり、戻り道には少なくとも二人いるということだ。

 

 間をあけずに行ったり来たりするプロペラの音。

 荘輔と自分の足音。はるか後方から絶えず聞こえてくる大勢の唸り声。

 

 ときおり町内のあちこちで雷鳴のように叫声が上がり

 ――余韻を残して消えていく。

 

 ふいに自転車が外縁沿い車道を曲がって町内に入ってきた。

 中年の男が買い物用のトートバッグを前のカゴに入れている。

 

 鹿爪(しかつめ)らしい表情で走っている荘輔を見て、

 (鹿爪らしい (意味)いかにも真面目くさった様子)

 男は不思議そうにしながら横を通り過ぎていく。

 

 まだ事態を把握していない人がいるのだ。

 

 後方から押し迫ってくる死に、

 普段と変わらない平穏を携(たずさ)えて突っ込んでいこうとする男へ、

 

 希一は声を張り上げた。

 

「おい! そっちには行くな、殺されるぞ!」

 

「はあ?」

 男性は顔を顰めると、

「――アホか」

 首を左右に振って行ってしまう。

 

「だから放っときなって」

 荘輔が唾を吐くように言った。

 

 前方に目を凝らして足を緩めようともしない弟について走っていると、

 

 ほどなくして後ろから叫び声が聞こえてきた。

 

「おじさんありがとう。

 あなたが足止めしてくれてるあいだに僕らは帰れる」

 

 気持ちのこもらない声音で荘輔が言い、

 希一も今の一件をその言葉で片付けることにした。

 

「そこを曲がる」

 荘輔が二筋先の道を指さす。

 

「ちょっと待て――」

 希一は荘輔を止めた。

「あの道には連中が二人いるんだろ?

 だったらわざわざ通らなくてもいい。

 安全な道を探そうぜ」

 

 伸び放題の髪を掻きながら荘輔は振り返る。

「その道は二人しかいないって確認が出来てる。

 へたに他の道を選んで安全確認をしてるうちに

 物陰から襲われる心配がないの」

 

 物分かりの悪い子供に教えるように言われた希一は、

 荘輔の判断に納得したものの新たな疑問が頭をもたげた。

 

 どうしてこいつはこの非常時に……。

 

 荘輔の言った道に入ると――、

 

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 すぐそこに二人立っていた。

 

 道を中央を開けるようにふらついていたのは、

 近所の中学に通うガキ共だ。

 でも光のなくなった眼で、その所属が過去のものであると語っている。

 指定されているジャージの半袖とハーフパンツ姿、

 友達同士と言った風情の連中二人組は、希一達の足音が耳に入ったようだ。

 

 ゆるゆると振られた頭につられて身体がこちらを向くと、

 二人は緩慢な動作で近づいて来た。

 

 一人は顔半分がなくなっていて、

 剥き出しの眼球であさっての方向を見ている。

 もう一人は口角を吊り上げて笑っているようだったが、

 唇そのものをなくして歯を永久に露出させているだけだった。

 

「あの二人の間を走り抜けるつもりか?」

 

 希一は黒目を異常に大きくした少年姿の連中二人に射竦められ鼻白んだ。

 

 一拍ほど黙った荘輔は

「こっち」

 と道の左端に寄るよう手招きする。

「あいつらが近づいて来たら右側が空くから、

 間合いが取れたところをすり抜けよう」

 

 荘輔について希一が左側に寄ると、

 どうあっても健常者には戻れない二人も足並みを揃えた。

 

 掴んでこようとする手が届かないよう避けながら進んでいく。

 

 

 ふいに背後で唸り声がした。

 

 

 髪の毛を掴まれるイメージが脳裏に浮かんだ希一は、

 世界をぶん回す気持ちで振り返った。

 

 ――が、動く物は目に入らなかった。

 がらんとした住宅路が伸びているだけ。

 

 はあぁ、よかった。誰もいない……。

 

「今だ!」

 

 ほっとしていた希一がはっと視線を戻した時には、

 

 荘輔は少年らを越えていた。

 

 一人が掴みかかろうとしたらしく、また道が塞がれる形になる。

 

「待ってくれ!」

 

 数メートル先まで行っていた荘輔が振り返る。

 

 信じられない物を見るような目が希一に向けられた。

 

 そうこうしているうちに少年らは、

 手近にいる希一だけを目標にしたようだ。

 外方を向いていた少年も唸り声を上げながら、

 おぼつかない足取りで踏み寄ってくる。

 

 目の前の二人をどうにかしたいが、

 誰もいない背後から無から有が出てくるみたいに腕が伸びてくるのを感じる。

 

 今にも掴まれるんじゃないかという想像が

 希一を捕まえて離さなかった。

 混乱が極まって思考が抜け落ち消えていく。

 

 頭の中が真っ白になりつつ、

 迫り来る 前方の実害 と 後方の透明な脅威。

 

 希一がその双方に目を配っていると、

 

 少年らの崩れた顔貌が断続的に迫ってきた。

 

 続く…… → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/01/07/151550