NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

幸せな家族 -02-

 最初は右側。

 現れたのは男の人だった。

 背は低く、中肉。

 顔の輪郭は顎が尖らないていど。

 髪の毛は茶色。でも、眉毛は黒で描き分けられた。

 上下グレーの服を着せて、

 右手がズボンのポケットに入れられる。

 

 ――なぜか、そのポケットは四角く角が立っていた。

 

 彼の左手は腰より少し離れた空間に伸ばされた。

 

 次は左側。

 女の人だ。

 隣の男の人よりも背が高い。

 線の細い優形(やさがた)。

 肩幅も狭い。

 一本にまとめられた黒のロングテールが肩から前に垂らされた。

 ピンク色の長袖シャツに青のジーンズ、

 上下とも身体のラインにぴったりと合った服だった。

 耳元に持っていかれた左手には、なにか四角い物が握られている。

 ――角から細い線が一本突き出ているところを見ると、

 どうやら携帯電話らしい。

 アンテナの先から稲妻形の線が数本飛び出しているので、通話中だと分かる。

 

 彼女の右手はとなりの彼と同様に、腰より少し離れた空間に伸ばされた。

 二人の男女は、ちょうど鏡合わせ格好というわけだ。

 

 最後は真ん中――。

 

 小さな女の子が描かれる。

 長い髪を白い花飾りが付いた髪留めでツインテールに結い、

 白地にピンクの花柄があしらわれたワンピースを着ている。
 女の子は両手を高く上げて、

 男の人と女の人から伸ばされたそれぞれの手と柔らかく重ねられた。

 

 愛は黒色のクレヨンを持ち上げると、画用紙の中にいる三人の縁取りをして、

 仕上げに顔をにっこりと笑わせた。

 ――愛の口元にも、自然と笑みがこぼれている。

 

 愛は描き終わった画用紙を持ち上げると、

 急に真剣な目をして眺めだした。

 まだなにかやり残しているところはないかと

 紙面を這い回るその目は答案用紙を見直す受験生のように真に迫っている。

 

 たっぷり五分は経った頃、愛はぱっと眉を開いた。

 

「マナのえぇじょうず?」
 愛が舌足らずにそう訊いてみせた先は、

 積み木の箱と人形が暮らす家の模型との隙間だった。

 

 愛がその隙間に絵を向ける。

 数瞬の沈黙はさんだ愛は、なにもない空間に向かってこくこくと頷いた。

 

 ほどなくして、
「やったぁ!」
 跳ねるようにして立ち上がった愛は身体をくるりとターンさせる。
「おとーさーん」
 廊下をばたばたと走る音と、黄色い声が家中を跳ね回った。

 愛の走り方は上に飛び跳ねるようで、

 幼さ特有の重心が定まらないふわふわとした動きだ。

 

 玄関のすぐそばにあるドアの前で、愛はぴたりと立ち止まった。

 少し離れたところのフローリングに屈み込んで絵を置き、

 ぽんぽんと手で軽く叩いた。

 ――ここでちょっと待っててね。とでも言っているのだろう。

 

 愛はドアの前に戻ってくると、

 ドアレバーを見つめながら足をくっと屈伸させた。

 

「や!」
 ぴょんと音がしそうなほど元気に飛び上がり、

 愛は小さな手でドアレバーにしがみついた。

 乱暴にレバーが傾き、カチリッと音が鳴ってボルトが外れる。

 そのまま爪先立ちの格好で器用に足を運んでドアを開けていった。

 

 愛の手から解放されたレバーは定位置がかなり下にずれていて

 「こんな扱われ方が日常だもんで骨が折れる」

 と雄弁に身をもって語っている。

 

 十分開ききったのを確認した愛は、絵を持ってドアをくぐっていった。

 ドアの向こうは夜のように真っ暗だったが、

 愛の足取りには恐怖心の欠片もなかった。

 

 続き。

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