NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ライターと易者 小さな文鎮 ③

 清書作業が終わり、時計を見やると三時間が経過していた。

 外はもう真っ暗だ。

 いつのまに使っていたのか、学生時代の和訳辞書が膝の上で開かれている。

 

 まったくこいつは……。

 

 僕はタイプライターに目を落としながら大きく息をついた

 出来上がった文章を読み返してみる。

 我ながら初めての翻訳にしては中々良くできていると思った。

 

 封筒に入っていた数枚の便せん。それは手紙だった。

 

 

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        拝啓 ハルラン夫妻殿

 

         ご息女のコリンナが眠ったままになってしまい、

         さぞかしお気落としの事と存じます

         なにせ、突然の失踪に驚いたのも束の間、

         やっと帰ってきた娘は

         もう二度と起き上がれないのですから

 

         私はアドルフ・キーダーセン。

 

         お宅の隣に住んでる者です 

         知っての通り庭師を営んでおりました。

         覚えているでしょう?

         そう、お宅の庭にペカンの木で門からの並木道門を

         設えた庭師ですよ

 

         思えばあの時、私はコリンナに一目惚れしました

 

         彼女は草木が好きな子でしたね

         だからあなた方ご両親も、庭に並木道を作ろうなんて

         数奇者な考えに至ったのでしょう

 

         コリンナは私が木を植えているときに何度となく

         話しかけてくれました と同時に、私の育てたペカンにも

         笑いかけてくれました

         私が丹精こめて育てた樹にです

 

         どれほど嬉しく

         そして、どれほど彼女に見惚れたことでしょう

 

         陽光に輝く浅栗色の髪

         間違いなく正解の形を描いた眉

         白い大理石に黒曜石を落とし込んだような深遠な瞳

         つんと上がった鼻

         春の花のごとく桃色に染まった頬

         素晴らしい言葉しか紡ぎださないだろう唇

         そして、その唇からのぞく上質な真珠を思わせる歯

 

          おお、コリンナ

 

         彼女の姿は この老人の胸に、

         十代のときめきを突き上げさせたのです

         そりゃあもう、いちころって感じでしてね

         この世にコリンナほどの完成した女性を

         私は見たことがありません

 

         それだというのに、

         彼女と私の歳の差はなんと五十一

 

         笑ってしまいたくなるくらい叶わない恋です

         コリンナに魅せられたその日から

         私の懊悩(おうのう)の日々は始まりました

 

         彼女のはにかんだ笑みを思い浮かべるだけで

         胸を奥にチリチリと甘い痺れが走ります

         ふとしたときに彼女の声が蘇ってきては

         耳にそっと息を吹きかけられたのに似た感覚に襲われて

         思わず首をすくめてしまったものです

           

         途方もなく強い欲望に駆られながらも、

         それでもなお正気を保っていたのです

 

         しかし、現状も道徳も私の気持ちをを止めることは

         はたして出来なかったのです

 

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