NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ライターと易者 小さな文鎮 ④

       ある日

       そう、あなた方が人生最悪の時を迎えたあの日

       とうとう私は我慢できなくなってしまったのです

          

       あの日は、コリンナの誕生日でしたね

       あなた方夫婦が出掛けた後、

       私は電話でコリンナを呼び出しました

       〝 お母さんから植木の注文を受けた

         持って帰れる大きさだから取りに来て欲しい 〟

 

       彼女は楽しそうに訊(き)いてきました

       〝 それはきっとローリエね。

         そうでしょう、植木のおじ様 〟

 

       確かにうちにはローリエもありましたが、

       もちろん準備などしていません

 

       私は話を合わせました

       〝 コリンナ、君は超能力者だったんだね

         それなら注文の品がローリエだと分かった説明が付く 〟

 

       彼女は戯けて言いました

       〝あら、おじ様は失礼な方だったのね

        今日は私の誕生日です。前にお話ししたでしょう?

        お父様もお母様も出掛けて行って

        私へのビックリを用意してくれているの

        今年はこんな形だったのね。本当にびっくりだわ

        私、ずっとローリエが庭に欲しいってせがんでいたのよ 〟

 

       コリンナはすぐに取りに来ると言って電話を切りました

 

       それにしても、十二歳の少女が誕生日に

       香辛料の樹を欲しがるなんて……

       妙なものですが、本当に魅力の尽きない女性だと

       思ったものです

 

       電話での会話を終えた後、私はそんなことを考えながら

       待っていました

 

       年甲斐がなく、いささか品もないことですが、

       身体が熱くて仕方ありませんでした

 

       ほどなく彼女が来ました

       私は喜んで彼女を招き入れました

 

        〝 どこなの、私のローリエは 〟

 

       私は注文は嘘だったことと、私の気持ちを伝えました。

 

 

       (ここから数行は筆運びが乱れて字がささくれている)

 

 

       この先の彼女の言動は書きたくない。

 

       私の気持ちを伝えたところ、

       コリンナは馬鹿にして笑い出したのです

 

       思い出したくもない

       汚い言葉が彼女の口から飛び出した

       許せなかった

 

       彼女が私を馬鹿にしたことじゃない

 

       彼女の美しい口で汚い言葉を言ったこと

       何より私の理想である彼女を辱めたこと

 

       コリンナを傷つけたこと

 

       それが許せなかった

 

 

 

       気が付いたときには彼女を張り倒していました

 

       彼女はぐったりと玄関ホールに倒れていました

       彼女は気を失っていまいた

 

       頭に上っていた血がさっと引いていきました

       とんでもないことをしてしまった

       コリンナの頭を叩いてしまうなんて

 

       私は急いで彼女をベッドに寝かせました

 

       しばらく介抱していますと

       彼女は呻きながら身を捩りました

       次第に表情から曇りが消えていき

       穏やかな寝顔になりました

 

       その目を閉じた天使のような顔に胸を撫で下ろし

       時を忘れて見惚れました

 

       良かった

       ――と、ほっとした瞬間

 

       私の頭に厭(いや)なものがよぎりました

 

       目を覚ましたら彼女はどうするでしょう

       また、汚い言葉を使うのではないでしょうか

       いや、今度はきっと暴力すら振るうのではないでしょうか

 

       私は落ち着いて考えました

 

       そんなこと、許せるわけがない

 

       これ以上、私のコリンナを傷つけさせはしない

 

       私は彼女を止めました

 

       もう、傷つかなくていいように

       もう、厭な思いをしないでいいように

 

       どうしても、首を絞めるなんて出来なかったので

       呻く彼女の顔に、濡れたクリネックスを重ねました。

 

       ほどなく、彼女の呼吸は完全に止まりました。

 

       それからが大仕事でした

 

       私は葬儀屋をやっている友達に電話をしました

       遺体に防腐処理を施す道具を貸してもらうためです

       当然、彼は庭師である私がエンバーミングツール

       かして欲しい何故を訊ねてきました

 

       私は咄嗟に嘘をつきました

       今後の新商品として

       世話をしなくても腐らない観葉植物を考えていて

       エンバーミングからヒントを得たい

 

       彼は、

       〝 なるほど、植物のミイラを造ろうってわけだ 〟

       そう言って面白がり

       簡単な手順書をそえて道具をかしてくれました

 

       そして、私の不眠不休の作業が始まりました

 

       死後硬直が解けてからは、とにかく時間との勝負でした

 

       彼女の美しさを刻一刻と損なわれていくのです

 

       まずは血抜きです

       ――あれは何とも美しい流れでした

         まるで砂つぶだいの紅い真珠が

         流線を作ったみたいでした。

 

       血の代わりに樹脂を染みこませて形が崩れないようにし、

 

       肌に防腐処理をした後、

       ――ああ、あの密に密に織り上げた絹のような肌

 

       彼女の内側を取り除いていきました。

 

       内臓を取り出し、

       ――あんなにも柔らかなるものが

         はたして世界に存在しようとは

 

       筋肉を剥がし、

       ――全ての筋がまるで

         幾重にも束ねた赤毛

 

       骨を外して石膏を流し込む。

       ――雪を固めて作ったかと見まがう白さ

 

       そうやって五日は経った頃、

       コリンナは完成しました

 

       私はコルセットを締めるように

       開かれた彼女の背中を閉じて

       色つきの樹脂で隙間を埋めました

       しばらくすれば死蝋化が始まるように手は施しました

 

       すっかり血の気がなくなった彼女の顔に

       化粧をし、頬を元の桃色に染めました

 

       これでもうコリンナは、誰に汚されることもなければ

       自ら穢れることもなくなったのです

 

       動けなくなったとは言え

       これまで通りの美しい寝顔がこれから永遠に続くのです

 

       この手紙をお二人が読まれている時

       私は当局に出頭しています

 

       言わずもがな、私は殺人犯ですから

 

       現実として彼女の死を受け入れなければなりませんが

       それが一体どれほどの障害でしょう

 

       彼女の美は永遠なのです

 

      

    追伸

       コリンナの誇りを尊重し、

       私は可能な限り彼女の肌を外側から触れておりません

       この点だけはご安心下さい

 

                      アドルフ・キーダーセン

 

 

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