NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅱ   始まり ―09―

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 鉄で出来た巨大な風船が破裂したような

 

 〝バーン!!〟

 

 という轟音と同時に機体が爆発した。

 

 一拍遅れて希一は衝撃波に顔を叩かれる。

 

 知らぬ間に顔をかばっていた腕の隙間から

 飛行機事故現場を覗き見た。

 

 最早大きな火の玉となったヘリは

 戸建てのひたいにめり込んで赤々とは炎上しており、

 今しも隣家に食いつこうよ無数の火の手が伸びていた。

 

 ふいに、たった今ヘリに突っ込まれた戸建てのドアが開く。

 すると夫婦だろう男女が

 悲鳴とも怒号ともつかない大声を上げながら飛び出してきた。

 

 家主らしき壮年の男が絶叫する。

 男が燃えさかる家を仰ぎながらおろおろと頭を抱えていると、

 女の方は別の方向に目を奪われて叫び始めた。

 

 何かを嫌なものを見付けたように狼狽した女は、

 降りかかった理不尽に絶叫し続ける男に後ろ足で近づいて何事が伝える。

 

 男は弾かれたように女の指さすT字路の一方に目を向けた。

 男の顔からは血の気がなくなり、

 もう一方の道へと目を移してさらに青ざめる。

 

 そう、あれだけの轟音だったのだ。

 聞いていたのははたして自分達だけではない。

 

 ほどなくT字路の両側から何人もの人影が現れた。

 曖昧な足取りで確実に二人との距離を狭めていく。

 

「な、なんだお前らあっ!」

「いやあ! 来ないでっ!」

 

 二人は顔中の皺をより深く刻み込むように表情を歪める。

 が、その脆弱な訴えは冷酷に増え続ける唸り声に覆い隠されてしまう。

 

 男が連中の一人に組み付かれて倒れた。

 あとを追うように女も押し倒される。

 続々と覆い被さられる二人は悲愴に叫びだし、

 連中がもぞりと頭を蠢かせるたびに叫声を惨たらしいものになっていった。

 

「ゔゔぅぅ――っ」

 

 ふと、希一の足元で閉じた声帯をこじ開けるようなくぐもった音がした。

 

 足元――、つまり……。

 

 希一は恐る恐るさっき避けた死体に目を落とした。

 

 アスファルトに鼻を擦りつけていたはずの死体が

 両手をついて上体を起こそうとしている。

 げっぷしたかと思うと、

 肩を強張らて蛇口を開けたような勢いで吐血しだした。

 

 夜の繁華街で酔客が店の軒先でやるように

 バシャバシャと水音が上がる。

 見る間見る間にアスファルトが新たな血で汚染されていく。

 血の中に赤白い膿の塊みたいな物が混じっていた。

 

 特徴的な皺があるのを見た希一はそれが何かやっと分かった。

 

 ……脳の破片だ。

 

 いつまでも拡大していく血溜まりに、

 視界いっぱいが赤く染まったみたいな錯覚を覚える。

 

 今日だけで一体どれだけの量の血を目にしたのだろう。

 希一は気が変になりそうだった。

 眼下の広がる血の池の中では、

 死体だった者がおもむろに身を反らしてこちらに顔を向けてくる。

 

 視線が合うと、すわっていた目がカッと見開かれた。

 

 血管の浮いた白目の中心で揺れる黒目が急に幅を広げ、

 鳥の眼にみたいに眼光を真っ黒に濁らせる。

 

 まるで悪魔が取憑いたかのように眉を邪悪な形に歪めると、

 希一の足に手を伸ばしてきた。

 

「走れ!!」

 

 足元のやつの暴挙から飛び退いている間に、荘輔が駆けだした。

 

 急がなければならない理由など見れば分かる。

 他の連中がさっきの轟音を聞いて集まって来たのだ。

 

 横道から三々五々と現れた連中によって本通りは埋め尽くされようとしていた。

 

 その時、もう一度爆発音が響いた。

 

 思わず振り返った背後で、

 足元のいたやつがいつの間にか立ち上がっていた。

 唇から首元まで血で赤くしたそいつは、

 顎が外れる勢いで〝バッカリ〟と口を開けるなり唸りだす。

 

 意識が飛びそうだ。

 

 行き道も戻り道も立ち上がった死が群れをなしていた。

 

 ふいに肩を掴まれた。

 

 最悪のシナリオが頭に浮かんだ希一は

 咄嗟にその手を振り払った

 ――が、なおも引っ張ってくるその手は荘輔の手だった。

 

「よそ見してないで早く!」

 

 すんでのところで後ろのやつは希一の捕らそこね、

 かぎ爪のように曲げた指で空を掻く。

 

 荘輔を引手に通りの中央を駆け抜けた。

 左右の横道はスタートしたパチンコ台が

 玉を雪崩れ出させるように頭をふらつかせた連中を吐き出している。

 

 横合いから突き出される手を避け、

 掴みかかってくるやつを去なし、

 立ち塞がる連中を蹴り飛ばしていく荘輔。

 

 希一は油断すればすぐに小さくなっていく弟の背中を追いかけて走った。

 

 続く…… → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/01/20/124439