NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

六年生七不思議 -03-

「そ、そろそろ日が昇るな」

 期待と不安に揉まれながら少年は取り留めのない事を口にした。

 

「そうだね……」
 少女はそれを軽くいなし、決然とした顔を近づいてきた。

 

 すうっと大きな瞳が瞼(まぶた)の裏に隠されていく。

 戸惑う少年をよそに少女は躊躇(ためら)いなく距離を詰めてきた。

 

 いよいよ互いの額がくっつきそうになり、ようやく少年は覚悟を決めた。

 徐々に自分も瞼を下ろしていく。

 

 視界がぼやけだし、あと少しで完全に閉じられようとしたところで――。

 

 少女はニッと白い歯がのぞかせた。

 

「え?」

 

 何が起きたんだ?

 少年が呆気に取られていると、少女はひらりと身をひるがえした。

 

「あははは。やーい、引っかかった、引っかかったぁ」

 少女はお腹を抱えてからからと笑いだす。

 

 さっきまでの心地好い熱が颯(さっ)と引いていった。

 かわりに突き上げてきた羞恥心で嫌な汗が滲んできそうになる。

 

「こ、このやろ……」

 

「ごめん、だって、普段とギャップがあり過ぎて――あはははは」

 

 さらに笑われ続け、とうとう少年は苛立ちを覚え始めた。

 なけなしの、と言うよりもう必要すらなくなったと言うべき

 恋心を踏みにじられたのだ。

 

 〝箸が転んでもおかしい年頃〟とはよく謂ったもので、

 少女は抱腹絶倒とはいかないまでも、

 倒れないのが不思議なくらい気持ちよさそうに笑っている。

 

 文字通りに立つ瀬のない少年は、ぷいっとフェンスの向こうに目を投げた。

 

「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ」

 

 言いながら尚(なお)も少女はくつくつと笑いの余韻の中にいる。

 横で二、三度咳が聞こえてから静かになった。

 ようやく落ち着いてきたらしい。

 

「ごめんね、ツボに入っちゃって――」

 

「そうか、そりゃよかったな」

 あえて投げやりに返してやると、

 

「まだ、怒ってる? でも、約束したよね?」

 

 打って変わって殊勝な声が聞こえてきた。

 見やれば眉をハの字にした少女と視線がかち合う。

 

 少年は二度目の溜め息を吐いた。
「ああもう、そんな顔すんなよ。怒ってない。

 ちゃんと手伝ってやるから心配すんな」

 

 ぱっと少女は眉を開いた。

 

 そうだお前は笑ってろ。

 

「あ、そうだ、ところでさ」
 思い出したように少女が顔を近づけてくる。

 

 今度は何をするつもりやら……。

 

 軽く身構えていると、少女の目が悪戯っぽく細められた。
「さっきの詩、面白かったからもう一回聞かせて」

 

 少年は三度目の溜め息を吐いた。
 見上げた空の灰色に赤みがさしている。

 遠くのビルの狭間に陽が昇ろうとしていた。

 

 朝に焼かれるのはごめんだ。

 

 校舎に入る扉に足を向けた少年は、短くこう言った。
「いやだ」

 

続きです

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