NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―12―

 荘輔(そうすけ)曰く、

 玄関から出発しない理由は、

 希一に縄梯子の使い方を覚えてもらいたいということと、

 マンション内に潜んでいるかもしれないシカバネを懸念してのことだった。

 

 ベランダに出ると希一は思わずに鼻を押さえた。

 いい加減慣れていたはずの異臭がにわかに濃くなったのだ。

 高密度の悪臭に嗅覚を殴りつけられたみたいだ。

 荘輔をどやしつけたのときには気付かなかったが、

 外は酷い臭いだった。

 

 そおっとベランダのへりから下を覗き込むと、

 複数のシカバネが停止していた。

 

 希一は通りの端へと目を凝らしていく。

 すると、まるでそういう趣きに彫り上げられた石像が

 点々と飾られているかのようにしてシカバネ達が散見できた。

 

 動く者も音をたてる物もない。

 無音と静止のみがある外界は、異様としか表現する言葉が見付からない。

 

 荘輔が首を巡らせて通りの左右を目を這わせると、

 ベランダの隅から空き缶を取り出した。

「おもてに出たとき何個か持って来ておいたんだ。

 結構いい音が鳴るからさ」

 

 重りにすると言って、

 荘輔は使えなくなった乾電池をセロテープで止め付ける。

 ベランダから軽く身を乗り出すと、通りの端へと思い切り振りかぶった。

 

 数瞬後、無音の世界に音が生まれた。

 

 本通りの端っこ。

 

 今が昼間なら

 数ヶ月前ヘリコプターが突っ込んだ家が見えるだろう暗闇から

 金属性の甲高い音が木霊する。

 

 打ち合うように諸所のシカバネ達が音のした方へ動き出した。

 反射的なぎこちない動きを歩行という動作につなげている

 といった様子で、座らない頭を揺らしながら嫌に癖のある歩き方だった。

 

 先に行くやつと後に続くやつ、

 そして別の道から出てくるやつ。

 途切れ途切れの続いていた群が次第にいなくなりだす。

 

 ああ、これからあいつらがいる場所に降りようってのか――。

 

 〝目の前に死がある〟

 

 食品工場で働いていた頃は、

 冷凍庫から出したばかりでカッチカチの牛肉を

 大型ミンサーに放り込んでいたものだ。

 

 1メートルにもみたないすぐ目の下で、

 あっという間に鉱物とも言い換えられる冷凍肉が

 磨り潰されていく様は圧巻の一言だ。

 岩を打合せたような音が小刻みにして、

 次に生木を裂くような音に変わり、

 パキパキミチミチといった砂利を踏みしめたときに鳴る

 足音に似た音が聞こえてきてそれで終わり。

 

 後は――。

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 タンクから突き出た出口から、

 正体が分からないくらい程好く解れたミンチ肉が、

 まるで糞みたいにひり出されるだけ……。

 

 希一には投入口が怪物の口に見えて仕方がなかった。

 

 何かの手違いで人が落ちたが最後、

 目の前の肉と同じ運命を辿るのだから。

 

 続く → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/04/09/103903