NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―04―

 冷蔵庫をそっと閉じてから上げた目が

 玄関のドアに吸い寄せられた。

 

 ドアフォンに視線を移した希一は、

 床の軋む部分を避けて歩を進めモニターを点ける。

 

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 ふっと目の前が明るくなり、

 川口だった者の暗い顔が画面に映し出された。

 

 口の周りに付いている血はとっくに乾いていて、

 饐えた赤茶色に変色している。

 彼女は微動だにせず、項垂れたように上体を前に傾けていて、

 パッと見は途方に暮れている人か趣味の悪すぎるストーカーのようだった。

 

 こいつさえいなければ!

 

 希一は壁を殴りたい衝動に駆られたが、

 拳を握り締めるまでにとどめた。

 

 もし音をたててドアの向こうにいるシカバネが暴れれば、

 その音でさらなるシカバネを呼び寄せてしまいかねない。

 

 モニターを睨んで歯噛みした希一は、

 ふとあることに気が付いた。

 

 上げられているはずの彼女の片腕が降りているのだ。

 

 背筋がぞっと寒くなった。

 ドアの方へと目を馳せる。

 二ヶ月前から見るのを忌避していた玄関ドア。

 鍵の少し上に辺りにはいまだに四本の指が絡みついていた。

 

 なのに、ドアの向こうでは手が降りている。

 ――と言うことは……。

 

 画面の向こう側で動いていた間接の現実と

 部屋の中で動かない直接の現実。

 

 たった一枚のドアで隔たれた安全がわずかにも崩れた気がして、

 希一は全身に怖気が走った。

 

 大きく被りを振って希一はモニターを消した。

 

 突っ張り棒に干しておいたハンドタオルを取ってバスルームに足を向ける。

 少しでも気分を変えよう。

 玄関ドアと便器をつないでいるロープが

 バスルームの戸口を経由しているのでロープを跨いで入る。

 

 浴槽には水がいっぱいに張られていた。

 

 荘輔がいつか来る断水状態を懸念して、

 水が出なくなった時のために毎日同じ水位を保たせているのだ。

 他にも部屋中のペットボトルをかき集めて消毒し、

 全部で十一本のペットボトルに水が備蓄してある。

 

 希一は浴槽の水をすくった洗面器にタオルを浸した。

 大きな音が出ないように細心の注意を払いながら固く絞る。

 希一は上着を脱いでタオルで身体を擦った。

 本当は熱いお湯を浴びて気分転換をしたいのだが、

 音を気にして身体を拭くぐらいしかできない。

 もう十月だ。

 気温は冬に差し掛かっている。

 

 身体を拭き終わった希一は、

 物が少なくなった代わりに

 ゴミが増えた居間の壁に凭れ掛って腰を下ろした。

 投げてあった掛け布団を羽織って身を包む。

 

 音を気にして電化製品が使えなかった。

 なんとなれば日本の電化製品はスイッチを押す度に音が出てしまうのだ。

 ゆえに、寒さをしのぐためには厚着するぐらいしか方法がない。

 荘輔がガスと電気が止まった時のための調理用にと練炭を買っていたが、

 これを熾(おこ)しても換気しなければ一酸化炭素中毒になるし、

 換気していては暖さが持続しない。

 

 希一はなんとも窮屈な気持ちになって膝を抱えた。

 

 毛布に暖かさを感じだすと、ふっと張り詰めていた緊張が緩む。

 希一はいつの間にかうつらうつらと船を漕ぎだしていた。

 

 夢現に自動販売機から缶ジュースを取り出す

 「ガコンッ」という音が聞こえが気がした。

 

 希一は思い違いだと決め付けた。

 外はシカバネで溢れかえっているのだ。

 

 続く → http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/03/02/163726