六年生七不思議 -01-
朝焼けの前。
白みだした空は灰色で、模造紙みたく奥行きがない。
遠くで団栗の背比べをしているビル群は、
朝靄(あさもや)にかすんでいて模型みたいだ。
校舎の屋上、コンクリート葺(ぶ)きの床は
所々に経年劣化の白い罅(ひび)が浮いている。
耳を聾(ろう)したのかと勘違いするほどの朝の静寂に、
少年の細い声がそっと添えられた。
「わたくしという現象は、
決定された有機交流電燈の一つの青い残像です。
それは、あらゆる細やかな砂粒の複合体。
時の流れやみんなと離れ。仄(ほの)かに、仄かに明滅しながら。
いかにも確かに灯(とも)り続ける因果交流電燈の一つの青い残像です。
この光は保ち。
その電燈は失われ。
これらは四半世紀余りの、過去と感ずる方角から、歩みと感情を連ね。
ここまで保ち続けられた影と光のひとくさりずつ。
その全てがわたくしと明滅し、みんなとはズレて感ずるもの。
その通りの記憶の呟きです」
「何それ、詩人気取り?」
段々と鮮明になっていく街並みをフェンス越しに眺めていた少年は
背中に朗らかな声を吹きかけられた。
振り返ると、同い年くらいの少女が楽しそうに笑窪しながら歩いて来る。
「そんなんじゃない。
好きな作家さんの詩に自分をなぞらえて詠(うた)い直してただけだ」
「いいなぁ、好きな事があって。私もそんな趣味が欲しい」
「こんな爺むさい嗜好に興味があるんなら読んでみるか?
その本なら図書室にあるぞ。この前取り寄せてもらったから」
「ん~、考えとく」
隣に立った少女はフェンスの向こうに目をやった。
読む気ないな。まあ、今どき詩集なんてちっとも流行らないか。
そう思った少年も街並みに目を戻した。
隣り合った二人の後ろ姿は実にちぐはぐだった。
顔や身長がではなく、服装がである。
少女が春先か初夏を思わせる薄手長袖なのに対し、
少年は真冬に入り用なダウンジャケットとナイロンズボンを着込んでいる。
ん~、と伸びをした少女は手触りを楽しむようにフェンスに指をからめた。
その横で、少年は両手を上着のポケットに突っ込んで、
時折首を竦(すく)めている。
二人は仕草でも服に従って季節をすれ違わせていた。
「ところで……」
少年はぽつりと言った。
少女がすぐに「なに?」と返してくる。
「本当に行くのか?」
どうにも拗ねた声になってしまい、少年は決まりが悪くなった。
「うん、もう決めた」
すっぱりと答えられる。まるでフラれたみたいだ。
訊くんじゃなかった。後悔した少年は、その気分を溜め息に変えた。
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