NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ライターと易者 小さな文鎮 ⑥

 後日……。

 

「申し訳ありません。

 今日のところは紹介したい品がございませんので」

 

 店に顔を出した僕を見るなり易者は目を細めて口ひげをなでた。

 

「いえ、そうじゃなくて、先日買った文鎮のことなんですが」

 

 椅子につく僕に易者は嫌そうな顔をする。

「先に申し上げたように返品願いならかなえかねますよ」

 

「とんでもない、彼女には居てもらわないと僕が困ります」

 心外とばかりに言った僕の言葉に易者は口をO(オー)の形にする。

 

「ほう、それはまたお気に召したようですな」

 

「ええ、彼女が来てからというもの、

 仕事の受注が増えましてね。

 それこそ本を出すことになるかも知れないくらいで、

 僕のデスクの横では印刷した原稿の厚みが増すばかりで」

 

 易者は満足気に微笑んだ。

「なるほど、ではその原稿を押えてくれているのがあの文鎮なのですね」

 

「あなたはこれを分かって僕に売りつけたのではないですか?

 なんというのか、彼女の御利益を」

 

「さあ、私は相応の値付けをしただけすよ」

 

 これ以上言ってもはぐらかされると踏んだ僕は本題入った。

 

「それとは別に訊きたいことがありまして――」

 内ポケットから取り出した数枚のコピー用紙をテーブルに広げる。

 

「読んでみて下さい」

 

「なんでしょう?」

 身を乗り出した易者は用紙に目を通し始めた。

 

 

 新聞の三面記事

 1997.9.4

 校外に住む富豪ハルラン家の一人娘、

 昨日で十二歳になったコリンナの行方が分からなくなった。

 当局は女児の行方不明として事件と事故の両方を視野に入れ捜索を開始。

 地元住民の協力を得て捜索隊を結成するもコリンナは見付からなかった。

 心当たりのある方は当局まで連絡を下さいますようお願いします。

 

 新聞の個人広告欄

 1997.9.5

 行方不明の娘を見付けて下さった方にはお礼として言値を支払わせて頂きます。

 この広告を読んだ皆さま、どうか娘を助けて下さい。

                        ヘンリー・ハルラン

ジョリス・ハルラン

 

 ゴシップ紙の切り抜き

 1997.9.6

 突如として娘が行方不明になったセレブの悲劇。

 大富豪の一家を妬んでか?

 それともゼネコン業界内の軋轢(あつれき)が生んだ嫌がらせか?

 いまだ見えてこぬ犯人像と娘・コリンナの安否を思って

 半狂乱になったハルラン婦人・ジョリスが自殺未遂を起こす。

 辛うじてインタビューに応じてくれた夫・ヘンリーによると

「妻はコリンナは草木が好きで

 将来は物書きになりかったことを譫言(うわごと)のように繰り返している」と語った。

 精神ショックによる不安症ならびにノイローゼの前兆と

 医師から診断された婦人は眠剤を服用することで

 ようやく寝られるまでに神経が衰弱した。

 

 夕刊の一面記事

 1997・9.8

 殺した後に死体を剥製にした

 ハルラン家を襲った誘拐犯 自ら当局に出頭す

 誘拐及び殺人、遺体損壊の疑いで逮捕されたアドルフ・キーダーセン(64)は聴取の際に、

 犯行の動機は「彼女を守るためだ」と語っており、

 損壊に使った道具は葬儀屋を営む友人にかりたと自供している。

 

 同紙の別枠

 今日の午前九時頃。

 ベッドから出たハルラン婦人は無意識のうちに行方不明中の娘

 コリンナの部屋に向かうと、ベッドに横たわるコリンナの遺体を発見した。

 ベッドを整えられており、

 ちゃんと首元まで毛布を掛けられたその様子は普通に眠っているようだった言う。

 思わず駆け寄った夫人がコリンナを抱き上げた瞬間、

 遺体が剥製であることと、ベッドの脇に置かれた見慣れない旅行鞄に気が付いた。

 鞄の中にはコリンナのものと思われる人間の内臓が

 ビニール袋に密閉された状態で入っており……。

 

 1997.10.3

 

 裁判所で初めて犯人と相対することとなったハルラン夫妻、

 裁判長に犯人のアドルフへ死刑を求める。

 

 1997.10・5

 コリンナの葬祭が執り行われる。

 犯行の際に取り出された内臓は火葬にされ、

 その遺灰と共にコリンナの剥製は生前彼女が好きだったモミの木の下に埋葬される。

 

 1997.11.12

 死刑求刑を訴え続けたハルラン夫妻勝利。

 異常犯罪者アドルフの死刑求刑を署名活動が功を奏しアドルフに薬殺刑が下される。

 

 1997.12.25

 新聞一面記事

 二十四日の深夜、コリンナの墓が掘り返された。

 墓を暴いたのは、二人の若者達でコリンナの死体(剥製)

 をトラックの荷台に入れて持ち去った。

 その際に墓の異変に気付いて駆けつけたコリンナの父親

 ヘンリー・ハルランがトラックに向かって散弾銃を発砲。

 その弾痕が証拠となり都市部に住む若者二人が逮捕される。

 二人は取り調べで、

「顔を隠した男に金をちらつかされてやった」

「なくなった右手はトラックから剥製を降ろした時に取れてしまったのを男が持ち去った」

 そう供述しており、右手を持ち去ったとされる男の行方は不明である。

 その後の取り調べで二人から『競売』という言葉が出ており、

 犯罪シンジケートのブラックマーケットの関係も匂わせている。

 

 読み終わったらしく易者は顔を上げた。

「なんですこれ?」

 

「事件のことを僕なりに調べたんですよ。ネットを見たり、図書館に行ったりして」

 

「はあ、それで――」

 易者は首を傾げる。

「これを私に見せた理由とは?」

 

「あなたはどうして男と共に消えた彼女の右手を持っているんですか?」

 

「ははは……」

 易者は肩を竦めて両掌を上向けた。

 

 そして、事もなげに言う。

 

「私には葬儀屋をやっている古い友人が居るのですよ。

 もう息子さんが後を継いでいますがね」

 

 

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