NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ライターと易者 箱庭遊び

「最近よくいらっしゃいますねぇ。

 ご期待に添えなくて恐縮なのですが、

 今日もご紹介できる品はないんですよ」

 

 言葉づかいとは裏腹に易者の態度は太々しく堂々としていた。

 僕は帰ろうと椅子から腰を浮かしかけた。

 

 すると、易者はちょんと髭を撫でてから椅子をくるりと回して

 例のチェストボックスの引出に手をかけた。

 その段の引出が開くのは初めてだ。

 

「ですが、こう連日いらっしゃるということは、

 あなたも少々お暇な方のようですな」

 不意なことにも引出はズルリと引き抜かれる。

「もしよろしければ、手遊びにこんなゲームでもやりませんかな?」

 

 

 僕はテーブルの上に乗せられた引出を覗き込んだ。

 

 その中は漢字の『回』の字に間仕切られていて、

 中央の四角い囲いの中は砂が敷き詰められている。

 周りには色の渋い岩、椅子やテーブル、スコップ、

 荷車、如雨露(じょうろ)、作り物の花、石畳や芝、

 水をイメージしたタイル、植木や柵や橋などのミニチュアが整然と収まっていた。

 

「これはなんです?」

 

「箱庭ですよ」

 こちらが訊き返さずとも易者は言葉を重ねていった。

「昨今、専有面積が狭い住宅が多い中で、

 庭の持てない人々のささやかな慰めとして開発された玩具です」

 

 テーブルに戻るなり、易者はミニチュアの中から椅子を取って庭の中央に置いた。

 

「こう差し向かいあって交互にデコと呼ばれるミニチュアを置いていき

 二人で庭を完成させるのですよ」

 

 そう言うと易者は手を伸べて僕の番だと促してきた。
 僕は適当に椅子から連想されたテーブルを隣に置いた。

 

「ほう」
 と、嬉しそうな声を上げた易者はテーブルにスコップを立て掛けた。

「私は小さい頃、農夫に憧れていましてね。

 日本の農家ではなく外国のファーマーになのですが」

 

 僕は次にテーブルを挟んで向かい合うように椅子を置いた。

 

「これはお優しい……」

 

「はい?」

 

 易者は僕の疑問に答えずに庭の一角に花を植える。
 僕は柵を設けて花壇を作る。

 

 柵の脇に如雨露が置かれ、手押し井戸にバケツ、

 農作業用フォークや荷車で飾られ、その一角は観葉草花の園となった。

 

 易者は次に鶏の模型を花園の対角に置く。

 また僕は柵を設けて養鶏所を作る。

 

 残る二つのコーナーは菜園になり、キャベツやカボチャが植えられた。
 空いた空間に小さな納屋が建ち、

 四角い庭の一辺の真ん中に家屋へ続くと思われる石畳が一枚敷かれる。

 

 何とも和やかな時間だ……。

 

 チェスや将棋といった勝負事ではないこのゲームは

 ストレスとも緊張とも無縁だった。
 唯一の音だった秒針の刻み調子も聞こえなくなり、

 僕はいつの間にかその庭で暮らしているような気持ちになっていた。

 

 季節に彩られる草花の移り変わりを観ていた。

 井戸から汲み上げた冷たい水を味わい、熟れた野菜を収穫していた。

 清らかな空気で肺を満たし、養鶏場の鶏たちに声を掛けていた。

 

「暖かな庭ですねぇ」

 

「そうですね……」

 

「あなたはお優しい人だ」

 

「はあ……?」
 僕は庭から浮き上がるような気分で顔を上げた。

 

「椅子があるならばテーブルがいる。椅子はペアが基本。

 庭に花があるなら囲って育てる。鶏がいるならそれもさらなり。

 野菜を育て、納屋を建てる。とても整った空間。安定した環境です」

 

 僕は易者が何を言いたいのか思い倦ねた。
「僕はあなたが置いた物から連想した事をしただけですよ」

 

「そう、それこそが肝要なのです」
 易者は僕の疑問の根幹を掘り出すように続ける。
「連想とは、あなたの培った世界観からの選択の捻出。

 選択は大別して攻撃と防御と調和の3つ。

 あなたは私が仕掛けたすべてのアクションに調和でもって答えました。

 傷つけぬように、傷つかぬように、そして矛盾を起こさず、

 何より私を思いやって農家の庭にしてくれました」

 

 いや――、それはあんたが初っ端に僕にそうすり込んだんじゃないのか?

 

 とも思ったが、

 

「ささやかながらも私の夢を叶えてくれたのです」

 

 ともあれ、結果としてそれは確かだ。
 やろうと思えば何とでもできた。

 たまさかな座興にもこの場を乱すのは憚った自分へのお為ごかしもあったろうが、

 結果は結果だ。

 

 でも、それは優しいというのだろうか?

 

「これは本当は医療器具でしてね。

 精神病患者に施す『箱庭療法』という心理療法なのです。

 自由に庭を造らせてクライエントの心理状況を探るわけなのですが、

 私の場合は少し違います。

 二人で庭を造り上げていき、

 その合間に会話を挟んで相手の心理状態や深層にある要求や欲求を探るのです。

 主に占いの理由付けに使っています」

 

「でも僕は精神疾患でもなければ、占いも頼んでませんよ」

 

「ですから手遊びですよ」

 

「まあ、なかなか楽しませてもらいましたよ」
 僕は帰ろうと椅子から立ち上がった。

 

「ああ、ところで――」
 店のドアを開けようとして呼び止められた。

 振り返った先では易者が口ひげを撫でている。

「今回の『箱庭療法』の結果なのですが」

 

「なんです?」

 

 易者はニヤリと口角を上げた。
「早く好い人を見つけた方がよろしいですよ」

 

「余計なお世話です!」
 僕はもう一度完成した箱庭をチラリと見やってから店を出た。
 その時、僕の目がとらえたのは中央に据えられたテーブルだった。

 僕は帰りがけに自問する。

 

 椅子の一つには僕が座るとして、向かいの椅子には誰を座らせるつもりだったのだろうと……。