NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

序章 -02-

 おのずと結愛は図書室に入り浸った。

 

 

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 本はまるで宝箱だった。

 

 表紙は別世界への扉で、

 文章は夢への架け橋だ。

 蓋を開くたびに、新しい言葉や語り口で物語が溢れ出てくるのだ。
 それこそ、手触りすら感じられた。

 

 本は結愛を魅了して離さなかった。

 本を覗き込んでいる間は物語に没頭できた。

 主人公に歩調を合わせれば、

 辛い現実は追って来れないのだ。

 

 読めない漢字は辞典で調べていたので、

 漢字の書き取りテストはクラスで頭一つ飛び抜けている。

 

 楽しい読書生活も三年生なったのを境(さかい)に打ち砕かれてしまった。

 

 何かと結愛を目の敵にしていた綾瀬真理(あやせ まり)のいじめが

 エスカレートしだしたのだ。

 

 真理は直接手を出したりしない。

 

 悪い噂を流したり、

 結愛の失敗をあげつらっては物笑いの種になるよう仕向けてきた。

 
 両親には大声でも上げて怒れば終わると説得されたが、

 結愛にはその勇気も怒りも湧いてこない。

 あるのは、なんと言ったらいいのか分からない、

 悲しい気持ちだけだった。

 

 結果、泣き寝入り。

 両親には心配させまいとして、

 学校の話題は家で出さないようにした。

 それでも二人にはお見通しらしく、

 結愛が青い顔をして帰った日には、

 それとなくなぐさめてくれるのだった。


 結愛は学校で塞ぎ込んでいった。

 ついには本を読んでいても物語に入っていけくなっていた。

 たった一つの救いだったのにだ。

 

 ふとすれば、

 真理の悪辣な薄笑みが行間に浮かんでくる。

 本の中にも辛い現実がちらついていた。

 

 あんなに足繁く通っていた図書室も避けるようになり、

 長い長い昼休みはトイレか屋上の扉の前で過ごすようになった。

 

 ある日の授業中、

 当てられた算数の問題を結愛は解く事ができなかった。

 単純な三桁のかけ算だったが、

 黒板の前に立った途端足が震えだしてしまったのだ。

 頭はパニックを起こし、

 手に持ったチョークは不格好な点を幾つも打った。

 

 痺れを切らした担任に席に戻るように言われ、

 問題は次に当てられた真理が解いた。

 

「こんな問題、授業を聞いてたら簡単です」

 真理は聞こえよがしに言った。

 

 その日、クラスの全員から特に酷い吊し上げを食らった結愛は、

 熱を帯びそうになる目頭をなんとか抑えて図書室に向かった。

 ――どうしても気を紛らわしたかった。

 

 ほんの少しの切っ掛けで、目許が決壊しそうだった。

 

 目に付いた背表紙を引き抜き、

 いつも椅子に腰掛ける。

 しばらく読み続けても、まったく本の世界に飛び込めなかった。

 

 本の中では、アリスが鏡の世界に入っていっているのに……。

 

 頭に浮かんでくるのは、真理と同級生達のいやらしい嘲笑だった。

 

「どうしたの、大丈夫?」
 突然、学校では聞いた事のない思いやりに満ちた優しい声が聞こえた。

 結愛は初夏の風を耳に吹きかけられてみたいだった。

 

 続きます http://niwaka151.hatenablog.com/entry/2016/04/16/153821