ようこそ、新入部員! -13-
「いや、だから、どこで私の名前を……」
「ヒントはやった」
言いながらカイトと名乗ったそいつはまた階段に腰を下ろした。
「ともかく、俺の話を聞くしかないんじゃないか? 小我裕生」
語尾を吊り上げた後、パネルがひっくり返ったように笑みがいやらしいモノに変わる。
瞬く間に敵愾心が戻ってきて、気づいた時には背中が壁についていた。
――異常だ。この状況は異常だ。
ここは学校だ。
生徒の名前なんか調べようと思えばいくらでも手段はあるだろう。
ちょっと頭を冷やせばそのくらい私にも理解出来る。
しかし、実際に調べる奴なんかまずいない。通常は他人事なのだ。
普通の生徒は友人の輪を作るのに精一杯で、興味すら湧かないはず。
なのにこいつは調べてまで来た。どこまで調べたのかは分からないが。
これはその謎かけを盾にした脅迫だ。
こいつは何かを握ってる。
そして、私に何かを要求する気なんだ。でも大体予想はつく。
「まあ、さっきも見てもらったように、
俺の作った部活に入らないか? って事なんだけどな。
そこには、あらゆる部活の幽霊部員達が集まってる。
ギャーギャー騒ぐわけでも、タバコやボングふかしてもいないが、
はっきり言って不良の溜まり場だ。
お前、本当の不良ってなんだと思う?」
ニカニカと音がしそうなほどの笑顔でカイトは続ける。
「昨日、文芸部の前でお前は厭そうな顔してたけど、
あんなふうにただ集まってギャーギャー言ってるヤツ等なんて
実のところ不良でもなんでもない。
外でバイクに跨がってイキがってても、
そのスピードに魅せられた一昔前の暴走族と違って、
連中は五月蝿くアクセル吹かすだけで学校内や警察の前で暴れる度胸もない。
例え喧嘩に訴えるような奴等がいたとしても可愛いもんだ。
既存のルールを破る事で悦に浸る。そんなやつ、警察が来れば事足りる。
この世間に対する本当の不良ってのはさぁ。
今ある常識を覆しちゃう奴の事を言うんだよ。
先に生まれて既存に依存してる人間にとって、
新たな常識や組織は害悪でしかないんだ。
だから、革命家も宗教家も政治家も発明家も活動家も、
常識を覆すほどの発言力を持ち始めたところで世間から消された。
本当に世の中を良くしようとしただけなのに、彼等の末路はそれだ。
その事を知って、偉人の死を惜しむ人は多い。
俺に言わせりゃあ。サンプルを残してくれてありがとうって話だけどな。
出る杭は打たれる。
当然だ。つまり、出過ぎなきゃいいんだ。その辺をわきまえておけば、
自分の周りの常識を変える事で人生を面白おかしく暮らす事が出来る。
その第一歩がこの『幽霊部』なんだが……」
一度言葉を切ってから、
「只(ただ)ってわけじゃあないんだ。月会費がいる」
そ~らきた。やっぱりね――。
「長々と持論をまくし立ててましたけど、やっぱりお金ですか?」
「一応、俺が運営してるんだし、何にでもけじめってやつは必要だろ?
その必要経費兼ショバ代だよ」
入学してまだ二ヶ月なのに面倒な事になった。
「幾らなんですか?」
「月々一万円」
「そのくらい取れるだけのネタを持ってると思って良いんですよね」
「ああ、持ってる」
はあぁ~~。
溜め息が出た。
そう、こいつは昨日、私の事をつけてやがったんだ。
このやたらと目立つ髪型に気づかないなんて。
私ってこんなにスキの多い人間だったのか――。
さしあたって、今出来る反撃はこのくらいしかない。
「だったら、その証拠を見せて下さい」
これを聞いたカイトは身を乗り出した。
「入部すると思って良いんだな?」
「証拠を見せてもらった上で、逆らえないと思ったら入ります」
「お前……面白いよ、お前」
笑いを含んだ声でそう言い、カイトは腰を上げて歩き出した。
「それじゃあ、明日の放課十分後にここに来いよ。
俺の部に入るしかない証拠見せてやる」
階段を下り始めたカイトが不意にくるりと振り返る。
「誰にも見つからないように来いよ」
私はゆっくりと階段を下りていく背中が見えなくなるまでを見続けた。
そして、足音を殺してカイトを追った。
そんな部に誰が入るか!
お前の弱みを掴めばこっちのもんだ。こんな事をやってるんだから、
後を追いかければ秘密くらいぽんぽん出てくるはず。
獲物を置いて立ち去るなんて、
その世代違いの芝居掛かった態度がお前の命取りだ。
そう思って階段を下り、カイトの足音を追ってる途中――
「ぎゃははあはあはあっははっはははあはっはぁあはははっはっはははは!!!!」
笑い袋をひっちゃぶったような騒音に邪魔された。
言わずもがな、文芸部からだ。
何が可笑しいのか、壊れた笑い声を四階中に木霊させている。
急いでカイトの背中を見つけようと探し回ったが、最早手遅れ――。
結局見つからなかった。
ちくしょーめ!!
続く