NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

ACT Ⅲ   天竺鼠:ギニーピッグ ―18―

「なにも一撃で殺せなくても動きを封じるような痛手を負わせればいいんだよ。

 連中から攻撃力を取り除くって手もある」

 

「攻撃力?」

 

 ゲームかよ?

 

 希一はふざけてるのかと思ったが、

 荘輔の表情に遊び心は微塵もない。

 

「噛まれないように顎を砕くとか、

 引っ掻かれないように指を弾き飛ばすんだよ」

 ああ、そうだ。

 と荘輔はリュックから例の勉強ノートを取り出した。

 

「これは感染源の話だけど、

 基本的には映画とかマンガと同じだった」

 

 ページをめくって感染経路と大字された項が開かれる。
「今のところ事後確認にしかできてないけど、

 噛みつかれてる人は例外なくシカバネ化してた。

 噛み傷がなくても身体のどこかに引っ掻かれた痕があった。

 問題は、何の傷もないのにシカバネ化してるやつが何人かいたんだ」

 

「それってどういうことだ?

 そいつらはなんで、その――『感染』してたんだよ」

 荘輔の言い方でその答えは分かっていないだろう、

 ということには勘付いていた希一だが、つい疑問を投げてしまった。

 

 そんな不毛な質問にも荘輔は顔色を変えずに、

「何かの拍子にシカバネの血が体内に入ったとか。

 連中に接触した虫に接触されたとか。

 それこそ空腹に耐えきれなくなって連中を食ったとか。

 接触感染、媒介感染、空気感染、飛沫感染、経口感染……。

 理由なんかいくらでも考えられる。でも――」

 そうして、やはり荘輔は苦そうな顔をする。
「本当のところはわからなかった」


 その言葉が暗闇に消えていくと、二人の間に沈黙が降りた。

 荘輔は何事か考えてるのに手一杯という様子だ。

 そして、この時になって希一は自身は複雑な気持ちになった。
 自分の知らない情報を淡々と語る弟の態度にはいちいち説得力があるのだ。

 それは〝実体験〟から裏打ちされた落ち着きに間違いなく……。

 

 希一は荘輔の顔色を窺うように訊いた。
「お前、そこまで分かるようになるまでに、どのくらい殺したんだ」

 

 荘輔は一呼吸おいて口を開いた。
「シカバネの数はかぞえてない」

 

「じゃあ――」
 希一は重くなりそうになる口を無理矢理に動かす。
「生きてる人間は?」
 途端に荘輔は黙り込んだ。

 それがショックだった。

 

 荘輔は殺人を犯しているのだ。

 

 荘輔が人を殺した。

 そんな簡潔な文が希一の頭の中で何度も繰り返される。

 テレビ画面の向こう側の世界だけのものと思って疑わなかった様々な凶事が、

 じわりじわりとこちら側に染みだしてきている気がする。

 

 長い沈黙の後、
「一人」
 荘輔は床にこぼすようにして口火を切った。

 

「十歳くらいの女の子だった」

 

 続く……。