NIWAKAな綴り士

危険なモノ 奇妙なモノ そういったことに共感し思いついたことを綴ります

幸せな家族 -11-

 展示されているフレームに見入っている背格好は男女の判別がしにくかった。

 身なりは自分が普段着ている服と似ているが、

 最近では細身の男性でも好む服装だ。
 その人が振り返り、

 

「あ、どうも」

 

 顔を見て翔子はようやく女性であると判断できた。

 頭の丸みが綺麗に見える短髪で顔立ちも中性的だが、

 声質と肌の張り方は女性特有のものだ。

 

 学生かな?

 まだ幼さが窺える彼女の顔形に翔子はそう思った。

 若いのにわざわざこの店に来るなんて、誰かの紹介かな?

 

「本日はどういったご用向きでしょうか?」

 

「まあ――、眼鏡を見に来たんですけど」

 

 眼鏡屋に他の用件で来る人がいるの? と言いたげに彼女は小首を傾げた。

 

 いるんですよ。迷惑客の高橋夫人を思い浮かべつつ、翔子は次の質問に移った。

 

「お仕事用ですか? それとも、私生活でお使いになられます?」

 

「できたら兼用できるやつが良いんですけど」

 

 翔子は彼女をカウンターの椅子に座らせてから質問を重ねていった。

 眼鏡の使用シーン。職業。眼鏡の購入歴などなど……。

 

「なんか、精神科の面接みたいですね」

 

「お手数お掛けします。よりお客様の理想にあった品を差し上げたいので」

 

 女性は玄沢美縁(くろさわ みより)と名乗り、

 翔子の質問に協力的に答えてくれた。

 学生かと思っていたが、この付近の病院に勤めている看護師だそうだ。

 この店のことを訊くと、やっぱり友人からの紹介だと言う。

 

 質問の答えを粛々とメモに取った翔子は美縁に最後の質問をした。
「目の検査はお済みですか?」

 

「え、視力検査ならここでもできるんじゃないですか?」

 

「ええ、視力検査は出来ますが――」

 

続く……

ようこそ、新入部員! -13-

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「いや、だから、どこで私の名前を……」

 

 

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「ヒントはやった」

 

 言いながらカイトと名乗ったそいつはまた階段に腰を下ろした。

「ともかく、俺の話を聞くしかないんじゃないか? 小我裕生」
 語尾を吊り上げた後、パネルがひっくり返ったように笑みがいやらしいモノに変わる。

 

 瞬く間に敵愾心が戻ってきて、気づいた時には背中が壁についていた。

 

 ――異常だ。この状況は異常だ。

 

 ここは学校だ。

 生徒の名前なんか調べようと思えばいくらでも手段はあるだろう。

 ちょっと頭を冷やせばそのくらい私にも理解出来る。

 しかし、実際に調べる奴なんかまずいない。通常は他人事なのだ。

 普通の生徒は友人の輪を作るのに精一杯で、興味すら湧かないはず。

 なのにこいつは調べてまで来た。どこまで調べたのかは分からないが。

 これはその謎かけを盾にした脅迫だ。

 こいつは何かを握ってる。
 そして、私に何かを要求する気なんだ。でも大体予想はつく。

 

「まあ、さっきも見てもらったように、

 俺の作った部活に入らないか? って事なんだけどな。

 そこには、あらゆる部活の幽霊部員達が集まってる。

 ギャーギャー騒ぐわけでも、タバコやボングふかしてもいないが、

 はっきり言って不良の溜まり場だ。

 お前、本当の不良ってなんだと思う?」

 

 ニカニカと音がしそうなほどの笑顔でカイトは続ける。

 

「昨日、文芸部の前でお前は厭そうな顔してたけど、

 あんなふうにただ集まってギャーギャー言ってるヤツ等なんて

 実のところ不良でもなんでもない。
 外でバイクに跨がってイキがってても、

 そのスピードに魅せられた一昔前の暴走族と違って、

 連中は五月蝿くアクセル吹かすだけで学校内や警察の前で暴れる度胸もない。

 例え喧嘩に訴えるような奴等がいたとしても可愛いもんだ。

 既存のルールを破る事で悦に浸る。そんなやつ、警察が来れば事足りる。

 この世間に対する本当の不良ってのはさぁ。

 今ある常識を覆しちゃう奴の事を言うんだよ。

 先に生まれて既存に依存してる人間にとって、

 新たな常識や組織は害悪でしかないんだ。

 だから、革命家も宗教家も政治家も発明家も活動家も、

 常識を覆すほどの発言力を持ち始めたところで世間から消された。

 本当に世の中を良くしようとしただけなのに、彼等の末路はそれだ。

 その事を知って、偉人の死を惜しむ人は多い。
 俺に言わせりゃあ。サンプルを残してくれてありがとうって話だけどな。

 出る杭は打たれる。

 当然だ。つまり、出過ぎなきゃいいんだ。その辺をわきまえておけば、

 自分の周りの常識を変える事で人生を面白おかしく暮らす事が出来る。
 その第一歩がこの『幽霊部』なんだが……」
 一度言葉を切ってから、
「只(ただ)ってわけじゃあないんだ。月会費がいる」

 

 そ~らきた。やっぱりね――。

 

「長々と持論をまくし立ててましたけど、やっぱりお金ですか?」

 

「一応、俺が運営してるんだし、何にでもけじめってやつは必要だろ?

 その必要経費兼ショバ代だよ」

 

 入学してまだ二ヶ月なのに面倒な事になった。
「幾らなんですか?」

 

「月々一万円」

 

「そのくらい取れるだけのネタを持ってると思って良いんですよね」

 

「ああ、持ってる」

 

 はあぁ~~。
 溜め息が出た。

 そう、こいつは昨日、私の事をつけてやがったんだ。

 このやたらと目立つ髪型に気づかないなんて。

 私ってこんなにスキの多い人間だったのか――。

 

 さしあたって、今出来る反撃はこのくらいしかない。
「だったら、その証拠を見せて下さい」

 

 これを聞いたカイトは身を乗り出した。
「入部すると思って良いんだな?」

 

「証拠を見せてもらった上で、逆らえないと思ったら入ります」

 

「お前……面白いよ、お前」

 笑いを含んだ声でそう言い、カイトは腰を上げて歩き出した。

「それじゃあ、明日の放課十分後にここに来いよ。

 俺の部に入るしかない証拠見せてやる」

 

 階段を下り始めたカイトが不意にくるりと振り返る。
「誰にも見つからないように来いよ」

 

 私はゆっくりと階段を下りていく背中が見えなくなるまでを見続けた。

 そして、足音を殺してカイトを追った。

 

 そんな部に誰が入るか!

 

 お前の弱みを掴めばこっちのもんだ。こんな事をやってるんだから、

 後を追いかければ秘密くらいぽんぽん出てくるはず。

 獲物を置いて立ち去るなんて、

 その世代違いの芝居掛かった態度がお前の命取りだ。

 

 そう思って階段を下り、カイトの足音を追ってる途中――

 

「ぎゃははあはあはあっははっはははあはっはぁあはははっはっはははは!!!!」

 

 笑い袋をひっちゃぶったような騒音に邪魔された。

 言わずもがな、文芸部からだ。
 何が可笑しいのか、壊れた笑い声を四階中に木霊させている。

 

 急いでカイトの背中を見つけようと探し回ったが、最早手遅れ――。

 結局見つからなかった。

 

 ちくしょーめ!!

 

続く

六年生七不思議 -08-

「穂坂さんってわりとしゃべるんだね」


 博太の声が耳に入った結愛は、唐突に白昼夢から覚めた。
「ごめん」結愛は手でそっと口を隠した。

 

 目を伏せると、さっきの博太の顔が頭をよぎった。

 こんな事をしてしまうから、みんなに避けられるんだ。

 実際、結愛自身もおかしいと思っている。

 物語の話をしていたら、その情景が視えてくるなんて――。

 

「なんで謝るの?」
 顔を上げると、少し赤みがさした博太の顔があった。
「今の穂坂さん、スゲー楽しそうだった。

 楽しければそれでいいじゃん。謝る必要なんかないよ」

 

 直後に博太が足を止めた。

 つられて立ち止まった結愛のすぐ前に、他の生徒の背中があった。

 いつの間にかエレベーターに着いていたようだ。

 給食棟のおばさんが全身白の作業着姿で、

 牛乳やおかずの入った鍋を手渡している。

 

 ほんの少しだが時間を忘れていたらしい。

 博太の言った通り、結愛は楽しかった。こんなのは久し振りだった。

 

 博太がおばさんに学年とクラスを伝える。

 瓶牛乳が20本差し込まれた4×6=24(しろくにじゅうし)に

 目切りされたカゴを受け取った。

 

 さりげなく四本分のマス目が空いた軽い方の取手を結愛に向けてくる。

 

「あ、一樹君そんなの悪いよ――」

 

「いいから、いいから」

 気さくに押し切られ、結局今日も博太のペースに乗せられて取手をつかんだ。

 

「……いつも、ありがとう」その言葉は口から出ず。舌の上だけで転がった。

 しかし、博太が結愛に軽い方を持たせるのは、割と現実的な理由もあるのだろう。

 

「せーの」博太のかけ声でカゴが持ち上がる。
 引き手になった博太の後を、結愛がついて行き教室に戻り始めた。

 途端に結愛の足取りはおぼつかなくなる。

 カゴの中で瓶が揺れ動き、カチャカチャと鳴った。

 うっかりしてると、すぐ横を行き交う子達にぶつかってしまいそうで、

 なんとも危なっかしい。

 

 軽快に歩く博太の後ろで、結愛は気が気じゃなかった。

 カゴを落としてしまったらどうしよう。

 幸いな事に、これまでそれはなかった。でも、今日がその日かもしれない。

 そんな考えが、ちらりと頭をよぎり、結愛は背筋が寒くなった。

 

 それゆえ、周りを見る余裕がなくなり、ついつい手元に目を落としてしまうのだ。
 さしあたり、いつものように付かず離れずの距離感を保って、

 用心深く歩を進めようと思った。その時――。

 

 うなじに凍えた手を押しつけられたような寒気を感じた。
 カゴが揺れ、危なく取手を掴んだ手が滑りそうになった。

 

「ねえ、穂坂さん。今年は『六年生七不思議』ってあると思う?」
 ふいに博太は後ろ歩きになり、なんの気なしと持つ手を変えていた。

 どうやら、そのせいでカゴのバランスがぶれたらしい。

 

「私、それよく知らない」
 手元と足元に全神経を集中させている結愛は早口で答えた。

 落とさなくて良かったと、ほっと胸をなで下ろす。

 

「え、うそ? もうみんな知ってると思ってた」
 やおら、引き手の速度が弱まり、ついには立ち止まる。

 博太は悪戯小僧がやるように、「にっ」と口角を張って笑窪(えくぼ)を作った。

「じゃあ、説明しよう」

 芝居染みた口調で言い、カゴを廊下に下ろした博太は話し始めた。

 

「日本全国に数多の七不思議があるけど、実はうちの学校にもあるんだ七不思議。

 でも他の学校とは少し違ってて、怪奇に遭遇するのは六年生だけ。

 で、その怪奇っていうのが。

『前庭の水面の映る幽霊』

『音楽室前の十三階段』

『多目的室四隅の怪』

『急に性格の変わる生徒』

『プールの水死体』

ドッペルゲンガー

『放課後の忘れ物』

 この七つ。

 噂だと、去年の六年生は何かあったらしくてさ。

 今、クラスの話題が七不思議一色なんだ」

 

 一呼吸置いた博太が「どう?」と水を向けてきたが、

 期待に満ちた目で見つめられても、結愛は「う~ん」と唸るのが精一杯だった。

 

 そもそも、結愛は怪談自体に疎(うと)いのだ。

 読んできた本は『エルマーの冒険』や『グリム童話』『不思議の国のアリス

 『星の王子さま』『フランダースの犬』『クリスマス・キャロル』。

 その他も宮沢賢治の童話集と言った具合で、子供向けの本ばかりだった。

 怪談に近い描写はグリム童話にもあるが、それだって童話の範囲を出ないだろう。

 

 図書室の怪談コーナーで立ち止まりすらしない結愛が「さあ、七不思議ですよ。面白そうでしょう?」と勧められたところで、

 教室の後ろに貼ってある習字の熟語を見るくらいの興味も湧かず、

「わたし、怪談はあんまり読まないから……ちょっとピンとこない」
 と、答えるしかない。

 

 結愛はまた「ごめん」と言いそうになったが、先回りするように博太が言う。
「そっか、気にしないで、別に押しつける気はないから――あっ」
 言葉を切った博太が周りを見回して「やべ」と短く声を上げた。

 

 見ると、廊下には結愛達の他に生徒の姿はない。

 大分話し込んでしまっていたようだ。
 博太に急かされて再びカゴを持ち上げる。

 廊下を数歩進んだところで、博太が顔だけで振り返った。

 

「でも、これで共通の話題ができたよね?

 実はさ、マサと――いや、明松と二人で盛り上がってて、

 七不思議を調べてるんだ――」

 博太は唾を飲み込む。

「よかったら、穂坂さんも一緒にどう――かな?」
 思い切ったように言い、博太はさっと顔を前に戻してしまった。

 

 結愛は言葉の意味が咄嗟に分からなかった。

 答えを求めて視線をさまよわせていると、博太の背中に目を引かれた。

 さっきまでずっと足元ばかり見ていたで気がつかなかった。

 博太の着ているTシャツの背中にポップな絵柄でキツネがプリントされていた。

 

 〝おねがい……なつかせて!〟

 

 頭の中でキツネの台詞が閃く。結愛は顔が熱くなった。

 きっと耳まで真っ赤になってるに違いない。

 流れ動く空気だけででも涼しく感じるのだから。

 博太は一緒に遊ぼうと誘ってくれているのだ。

 

「うん、いいよ」

 

 結愛の言葉は、しっかりとした声となって響いた。

 

 ばっと博太がこちらを向いて立ち止まる。

 口だけでぱくぱくと二つ、三つ言葉を形作った後、

 ほっとしたように息をもらして、博太は柔らかく笑った。

 

 優子と初めて会った時も、同じように心が暖かくなって揺れていた。

 今は、全身にほんのり熱も感じている。

 優子の手に包まれた頬に感じた温もりに似ていた。

 

 結愛は知らないうちに、博太に笑い返していた。

 

 

 続きます

ライターと易者 箱庭遊び

「最近よくいらっしゃいますねぇ。

 ご期待に添えなくて恐縮なのですが、

 今日もご紹介できる品はないんですよ」

 

 言葉づかいとは裏腹に易者の態度は太々しく堂々としていた。

 僕は帰ろうと椅子から腰を浮かしかけた。

 

 すると、易者はちょんと髭を撫でてから椅子をくるりと回して

 例のチェストボックスの引出に手をかけた。

 その段の引出が開くのは初めてだ。

 

「ですが、こう連日いらっしゃるということは、

 あなたも少々お暇な方のようですな」

 不意なことにも引出はズルリと引き抜かれる。

「もしよろしければ、手遊びにこんなゲームでもやりませんかな?」

 

 

 僕はテーブルの上に乗せられた引出を覗き込んだ。

 

 その中は漢字の『回』の字に間仕切られていて、

 中央の四角い囲いの中は砂が敷き詰められている。

 周りには色の渋い岩、椅子やテーブル、スコップ、

 荷車、如雨露(じょうろ)、作り物の花、石畳や芝、

 水をイメージしたタイル、植木や柵や橋などのミニチュアが整然と収まっていた。

 

「これはなんです?」

 

「箱庭ですよ」

 こちらが訊き返さずとも易者は言葉を重ねていった。

「昨今、専有面積が狭い住宅が多い中で、

 庭の持てない人々のささやかな慰めとして開発された玩具です」

 

 テーブルに戻るなり、易者はミニチュアの中から椅子を取って庭の中央に置いた。

 

「こう差し向かいあって交互にデコと呼ばれるミニチュアを置いていき

 二人で庭を完成させるのですよ」

 

 そう言うと易者は手を伸べて僕の番だと促してきた。
 僕は適当に椅子から連想されたテーブルを隣に置いた。

 

「ほう」
 と、嬉しそうな声を上げた易者はテーブルにスコップを立て掛けた。

「私は小さい頃、農夫に憧れていましてね。

 日本の農家ではなく外国のファーマーになのですが」

 

 僕は次にテーブルを挟んで向かい合うように椅子を置いた。

 

「これはお優しい……」

 

「はい?」

 

 易者は僕の疑問に答えずに庭の一角に花を植える。
 僕は柵を設けて花壇を作る。

 

 柵の脇に如雨露が置かれ、手押し井戸にバケツ、

 農作業用フォークや荷車で飾られ、その一角は観葉草花の園となった。

 

 易者は次に鶏の模型を花園の対角に置く。

 また僕は柵を設けて養鶏所を作る。

 

 残る二つのコーナーは菜園になり、キャベツやカボチャが植えられた。
 空いた空間に小さな納屋が建ち、

 四角い庭の一辺の真ん中に家屋へ続くと思われる石畳が一枚敷かれる。

 

 何とも和やかな時間だ……。

 

 チェスや将棋といった勝負事ではないこのゲームは

 ストレスとも緊張とも無縁だった。
 唯一の音だった秒針の刻み調子も聞こえなくなり、

 僕はいつの間にかその庭で暮らしているような気持ちになっていた。

 

 季節に彩られる草花の移り変わりを観ていた。

 井戸から汲み上げた冷たい水を味わい、熟れた野菜を収穫していた。

 清らかな空気で肺を満たし、養鶏場の鶏たちに声を掛けていた。

 

「暖かな庭ですねぇ」

 

「そうですね……」

 

「あなたはお優しい人だ」

 

「はあ……?」
 僕は庭から浮き上がるような気分で顔を上げた。

 

「椅子があるならばテーブルがいる。椅子はペアが基本。

 庭に花があるなら囲って育てる。鶏がいるならそれもさらなり。

 野菜を育て、納屋を建てる。とても整った空間。安定した環境です」

 

 僕は易者が何を言いたいのか思い倦ねた。
「僕はあなたが置いた物から連想した事をしただけですよ」

 

「そう、それこそが肝要なのです」
 易者は僕の疑問の根幹を掘り出すように続ける。
「連想とは、あなたの培った世界観からの選択の捻出。

 選択は大別して攻撃と防御と調和の3つ。

 あなたは私が仕掛けたすべてのアクションに調和でもって答えました。

 傷つけぬように、傷つかぬように、そして矛盾を起こさず、

 何より私を思いやって農家の庭にしてくれました」

 

 いや――、それはあんたが初っ端に僕にそうすり込んだんじゃないのか?

 

 とも思ったが、

 

「ささやかながらも私の夢を叶えてくれたのです」

 

 ともあれ、結果としてそれは確かだ。
 やろうと思えば何とでもできた。

 たまさかな座興にもこの場を乱すのは憚った自分へのお為ごかしもあったろうが、

 結果は結果だ。

 

 でも、それは優しいというのだろうか?

 

「これは本当は医療器具でしてね。

 精神病患者に施す『箱庭療法』という心理療法なのです。

 自由に庭を造らせてクライエントの心理状況を探るわけなのですが、

 私の場合は少し違います。

 二人で庭を造り上げていき、

 その合間に会話を挟んで相手の心理状態や深層にある要求や欲求を探るのです。

 主に占いの理由付けに使っています」

 

「でも僕は精神疾患でもなければ、占いも頼んでませんよ」

 

「ですから手遊びですよ」

 

「まあ、なかなか楽しませてもらいましたよ」
 僕は帰ろうと椅子から立ち上がった。

 

「ああ、ところで――」
 店のドアを開けようとして呼び止められた。

 振り返った先では易者が口ひげを撫でている。

「今回の『箱庭療法』の結果なのですが」

 

「なんです?」

 

 易者はニヤリと口角を上げた。
「早く好い人を見つけた方がよろしいですよ」

 

「余計なお世話です!」
 僕はもう一度完成した箱庭をチラリと見やってから店を出た。
 その時、僕の目がとらえたのは中央に据えられたテーブルだった。

 僕は帰りがけに自問する。

 

 椅子の一つには僕が座るとして、向かいの椅子には誰を座らせるつもりだったのだろうと……。

ようこそ、新入部員! -12-

 

 頭にピキッと走るモノがあった私はさっさと屋上階に上がりきる。


「今日来るとは思わなかったぜ」

 

「……はあ?」

 

「いや、だってお前泣きそうだったからさぁ」

 

 目を落ち着かせるのに費やしたあの数分間を思い出して頭が熱くなる。

 つい力んでしまい、首筋辺りの骨がピキッと音を立てた。

 

「ど……どこで私の名前を」

 

 怒りが腹に据えかねるほど沸き立っているが、

 やはり目の前の相手が正直言って怖い。

 こいつは自分の目的のために女子トイレに入ってくるくらいに

 頭のいかれた奴なのだ。

 おまけに自らを如何わしいと言い切った変人である。

 

 犯人と一対一でつら付き合わせて証拠を並べていく探偵の気が知れない。

 

 屋上との段数合わせで扉前に設けてある二段の階段に腰掛けたまま、

 そいつは口を開いた。

 

「別に悪巧みして誘ったんじゃないから気にすんな。

 まっ、それなりの伝(つて)を持ってるだけだ。

 その伝から得た情報。欲しけりゃあ、お前だって伝は持てる」

 

「答えになってません」

 

 敬語が口を突いて出た。

 相手は座っているのに何故か見下ろされている気分だ。

 

「分かった。じゃあ、ヒントだけやるよ。

 上と下があるんだけど、上っていくんじゃなくて下っていく物ってな~んだ?」

 

「バカにしてるんですか?」

 

「いいや、むしろその逆だ。このくらい解けるだろうとお前を信頼してんだよ。

 先公の出してくる模範解答みたく、手取り足取り教えてやったんじゃあ

 人間は成長しねぇからな。

 バカを量産する日本の教育カリキュラムには反対でねぇ……」

 やれやれと両手を肩当たりまで持ち上げて振ってみせ、

「そんじゃ、前置きはこのくらいにして説明に入ろうか? まずは自己紹介から――」

 

「まず、私の質問に答えて下さい」

 

 睨んで言い返したのに、そいつは厭に落ち着いた調子でスッと立ち上がった。

 一直線な目線をこちらに向けたかと思うと――

 

 不意に相好を崩した。
「お前、目ぇ開けると可愛いな」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 言葉の意味と人懐っこい顔が認識されたのが同時だったため、

 情報処理の過程で脳と身体に伝達にズレが生じたのか立ちくらみがした。

 ――そんな言葉、父親以外の異性から言われた事がない。

 

 こんな状況なのに、嫌悪感だけで満たされていない自分の感情が不思議だった。
 よろめく私の心境を知ってか知らずか、そいつは笑ったまま言った。

 

「俺はカイト。よろしくな」

 

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続き

ようこそ、新入部員! -13- - NIWAKAな綴り士

 

幸せな家族 -10-

 翔子の勤めている眼鏡店〝Specchio di True〟スペッキオ・デ・トゥルー。

 丁寧にもイタリア語の大字を掲げた看板には『真実の鏡』と翻訳までふってあるその店は小さかった。


 沿線の通りにあり、駅まで五分もいらない。繁華街とは反対側という立地条件を差し引いても二等地と言えるだろう。
 しかし、その店構えはあまりにも小さかった。

 例えるなら、本棚に整然と収められた百科事典の書列に差し込まれた文庫本といった風情だ。


 チェーン店のようにガラス張りのショウウィンドウを設えるような洒落た趣向はなく、板チョコ型で木造りの一枚ドアが玄関。深緑色に塗られたドアの横には背の高い出窓。格子ガラス越しにのぞいた窓辺には清潔そうな白いクロスが敷いてあり、新作の眼鏡フレームがいくつか並んでいた。調度品みたくキラキラと光を反射させたサンプルレンズは、その双眸で見下ろす人を見上げている。


 見た目に一見さんお断りの店構えだ。

 

 好奇心か、冒険心か、ひやかしか、はたまた子供じみた罰ゲームか、あるいは店に取り入ろうとする金銭目当てのセールスマン等の輩みたいなある種の覚悟を持てばノブを回すことができるだろう。

 

 そして、店内の狭さに圧倒されることは間違いない。

 

 なぜなら、内装のほとんどは作業スペースなのだ。客のための接客スペースは大股で十歩も歩けば余裕で往復できる。シックと言えば聞こえは良いが、悪く言えば単調な造りだった。壁は白で床は黒。白い壁には額縁を模したショーケースが五つ掛けられていて、それぞれに五点ずつフレームのサンプルが収められてスポットライトで照らされている。サービスカウンターの滑らかに木目を磨き出された焦げ茶色とあいまって絵画か写真の個展といった雰囲気である。

 

 かててくわえて、そのショーケースの奥には――。

 

「穂坂さん、お客さんお願いね」

 

 脈絡なく奥の席にいる別所(べっしょ)から接客を言い付けられた。翔子は少々驚きながらも手元のレンズを慎重に研磨機から離した。

 来客を知らせるドアベルの音はしていない。そのことを訊ねようと口を開きかけた時――。

 

 カラン、チリンとベルが鳴り響いた。

 

「お願いね」

 念を押す調子で言う別所が好好爺な笑みを向けてくる。
 白髪交じりの蓬髪。四角い福々しい顔に、これこそ眼鏡と言い切ったような分厚い黒縁眼鏡をしている――眼鏡は老眼レンズ越しの別所の輪郭をさらに幅ったくしていた。スーツのチョッキを窮屈そうに張らせた腹を作業机に押しつけていた。

 

 翔子は反射的に隣の菜那を見やった。接客は基本、日の浅い菜那に割り当ててあるのだ――が。
 その様子を見て納得いった。菜那が手元を隠すようにしながら難しい表情を浮かべている。またぞろ、レンズの固定に使うナイロン糸でも絡ませたようだ。

 

 加工途中のレンズを簡易保護ケースに入れて、ファイルラックの『加工中』とラベルされた引き出しにしまう。椅子を引いて、真後ろ壁に掛けてあるスーツの上着とエプロンとを着替えた。作業ブースからカウンター出る手前に据えてある鏡合わせの姿見で、失礼の部分がないかを確認する。


 よし。袖から出た翔子は客であろう後ろ姿を見付け、作業員から接客スタッフへと気持ちを切り替える一声を発した。

 

「いらっしゃいませ」

 

続き

 

幸せな家族 -11- - NIWAKAな綴り士

六年生七不思議 -07-

星の王子さまって言う本!」


 廊下の端から端まで大音声が響き渡った。

 前方にいる子達がもれなく振り返る。

 思わぬ大声に自分でも驚いている結愛の目の前で、博太が飛び上がった。

 

「び、びっくりしたぁ」

 鳩が豆鉄砲をなんとやらで、博太は目を丸くしている。

 

 博太の顔を見た拍子に恥ずかしさがこみ上げてきた結愛は口をおさえた。
「ごめん……」
 陽射しが当たったみたいに顔が熱くなる。

 

「声、けっこうデカイいんだね」
 軽く笑う博太に促されて、並んで歩きだした。

 

 結愛は後悔した。

 大声の事もあるが、それ以上に本の題名を言ってしまった。

 小説とか、絵本とか、本のジャンルで答えればよかった。

 自分と趣味があう子なんて、クラスにいたためしがない。

 テレビやゲーム、スポーツやカラオケの話題が飛び交う教室で、

 本の話なんか持ち出しても相手にされない。

 ましてや博太はスポーツマンなのだ。

 自分の読んでる本なんか知ってるはずがない。

 

「ふ~ん、星の王子さまか」
 題名を繰り返す博太の横顔は、なぜだか安堵しているように見えた。

「おれもそれ読んだよ」

 事もなげに博太がそう言ってみせる。

 

 思いも寄らぬ答えに鼓動が跳ね上がった結愛は知らず博太を見つめていた。

 

「え~っと、王子さまがキツネと出会って友達になるところがスゲー好き」

 

「私もそこが好き」

 結愛は思わず食いついた。

「そこが読みたくて読み返してるくらい」

 

 結愛が身を乗り出したぶん、博太は身を引いた。

 明らかに博太は戸惑っているのをよそに、

 結愛の口はひとりでに言葉を重ね続けた。

 

「キツネは金色の髪をした王子さまになついていくにつれて、

 いつもなら用のない麦畑も、金色に輝くの小麦が彼の髪を

 思い出させてくれるから好きなる。

 王子さまがいなくなってもそれは変わらない。

 キツネは麦畑を渡っていく風の音まで彼を思い出させて――」

 

 すうっと周りのざわめきと窓越しに聞こえて蝉の声が遠のいていく。

 

 代わりにさわさわという草木のさざめきが結愛の耳をなでた。

 目を馳せたガラスの向こう一面に麦畑が広がっている。

 夏の陽射しをいっぱいに受けてふくらんだ大粒の実が

 秋風に穂をしならせて穂波が渡っている。

 

 今、金色の麦穂をかき分けて、一匹の耳の長いキツネが飛び出してきた――。

 

 続きです

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六年生七不思議 -08- - NIWAKAな綴り士